2017年5月18日木曜日

ひとり親家族の子育てのコツ

3組に1組の夫婦が離婚する時代です。
「ひとり親」家族はたくさんいます。
しかし、残念ながら「ひとり親」のイメージは昔と変わらずあまり良くありません。
子どもが問題を起こすと、学校の先生や世間の人たちは、
「あの子はひとり親だから、、、」
と口に出して言わなくとも、内心そう思われたりします。
、、、経済的に困難でしょ。
、、、子どもの面倒を十分にみれないでしょ。
、、、離婚するような親はもともと、、、
といった具合です。

確かにひとり親、とくに母親と子どもの家庭は稼ぎ手が不在で、経済的に困難な場合が少なくありません。しかし、ここではひとり親と貧困の問題を分けて考えます。
親がふたりいても経済の困難を抱えている家族もいるし、ひとり親でも経済的な面ではOKな家庭もたくさんいます。詳しくは、一番下の<付記>欄を参照してください。

ひとり親であること自体は全く問題ではありません。
不登校やひきこもりなどの問題行動が、ひとり親に起きやすいということはありません。ふたり親でも、ひとり親でも、そのような問題は平等に発生します。
しかし、ひとり親家族に起きやすい問題があることも事実です。
何が問題なのでしょうか?
一言でいえば、親が元気をなくしている場合です。

★死別した場合、
親がそのショックと悲しみを乗り越えられないと、元気をなくします。
英子さん(仮名)は子どものことを相談するためにカウンセリングにやってきました。
しかし、話を深めていくと、いつも亡くした夫の話になり、悲しみの涙があふれてきます。子どもに向き合おうとすると、英子さん自身の悲しみに遭遇してしまいます。それが嫌で、英子さんは心から子どもに向き合うことができませんでした。
★離別した場合、
子どもに対する罪悪感。済まないという思いが、親の元気を削いでしまいます。
、、、親たちの勝手な都合で、子どもから親を奪ってしまった。
、、、働かなくてはならないから、子どもとの時間が十分にとれず、寂しい思いをさせてしまった。
そのような罪悪感が親としてのエネルギーを消耗させ、子どもに胸を張って強く関わることができません。つい甘く、過保護になりがちです。

本来ふたりいるはずの親がひとりになれば、家族のバランスは崩れます。しかし、新たなバランスを得ることができれば、全く問題なく親として機能できます。具体的には、どのようなことに心がけたらよいのでしょうか。
ひとり親の子育てのコツをまとめました。

1.親自身の気持ちを整理する
 死別した場合、喪失の悲しみがいつまでも長く続きます。特に自死で亡くした場合の負担は大きいです。悲しみに加えて、裏切られた怒りや、助けられなかった罪悪感などの辛い気持ちが重くのしかかります。
 離別するプロセスはとても辛いものです。別れるべきか、やりなおすべきか心の中で迷ったり、ふたりの間で合意できない場合、あるいは財産や親権で決着がつかない場合もあります。離婚した後も、元パートナーへの怒りや未練、その人を選んでしまった自分を責めたりします。
 このような気持ちを隠していたら、いつまでたっても心に残ります。秘密が守られ、否定や批判されず理解してくれる人に、その気持ちを何度も繰り返して語ります。話しても過去の記憶は消えませんが、そこにまつわる辛い気持ちを軽くすることができます。

2.罪悪感・自責感から決別する
はずかしい、子どもに申し訳ないというマイナスの気持ちを整理して、消化しましょう。
ひと昔前の時代は、離婚すること自体が社会のタブーでしたが、今は違います。
子どもたちは、親が思うほど離婚を気にしていません。
親は子どものために離婚を踏みとどまり、
子どもは親のために、「早く別れなよ」と言ったりします。
子どもに必要なものは温かい家庭と、良質な愛情です。それが十分に与えられれば、ふたりでもひとりでも構いません。
親が元気をなくし、悲しんだり辛い思いをしている姿を子どもに見せて、子どもに「お父さん・お母さんは大丈夫だろうか?」と心配させることが良くありません。

3.サポートを受けよう
子育てはひとりだけではできません。煮詰まってしまいます。
遠慮せず、あらゆる資源を活用しましょう。
祖父母やきょうだいの支援を得ます。もし、そこにシコリが挟まっているようなら、それを整理してください。
社会にはひとり親に対するさまざまな支援策が(まだまだ十分とは言えませんが)整いつつあります。恥ずかしがることはありません。堂々と申し込みましょう。
子どもの学校の先生にも隠すことはありません。学校は、家庭調査票などを通じて家族の情報を得ようとします。ひとり親であることを恥じずに伝えることが出来れば、先生は、
この親は教師・学校を信頼してくれているな。親はちゃんと困難を乗り越え、元気でいるな、と肯定的に評価してくれます。
こそこそ隠していたり、家族の状況を伝えられないと、この親はまだこだわって乗り越えられていないのだろうと、周りの人は否定的に受け止めます。

4.不在の親の肯定的なイメージを与えよう
両親が不仲であろうが、離れていようが、親は自分の命を授けてくれた大切な人です。自分の由来を肯定することで、自分自身を肯定できます。特に思春期に入り、自分とはなんだろうと、自分探し、つまり自我同一性(アイデンティティ)を形成するときに親に良いイメージを持てることが大切です。
性的アイデンティティ、つまり自分はどんな男性に・女性になるんだろうと迷うときに、同性の親がモデルとなります。息子では父親が、娘では母親がモデルです。

別れて住んでいる親との面会交流は大切です。
パートナーとしては失格であっても、子どもの親としてそこそこOKであれば、積極的に交流する機会を作りましょう。一緒に住んでいない親からも、見守られ、愛されているという実感は子どもにとって大切です。
その機会を子どもに与えるために必要な両親間の連絡は積極的にとります。

すでに十分おわかりのことだと思いますが、親が元パートナーを否定したり悪口を言ってはいけません。子どももその親を憎み、否定的に捉えてしまいます。

死別、あるいは事情があって面会交流ができない場合
別れたパートナーについて親が何も言わず、子どもが知らされていないと、子どもはイメージを作ることが出来ません。
しかし、親が別れたパートナーを肯定的に語ることは困難です。語ろうとすると涙があふれてきたリ、離婚する前のイヤな思い出がどうしても出てきます。子どもがいなければ、辛い気持ちを心の冷凍庫に凍結保存する選択肢もありますが、冷凍食品は消えることなくそのまま次の世代に受け継がれてしまいます。その負の遺産を持ち越してはいけません。
お母さんはまだお父さんのことを口にできないほど憎んでいるのだろう、怒っているのだろう。一般に、知らされていない情報は、否定的に捉えられてしまいます。
 実物の親とは会えなくても、子どもたちの心の中に肯定的な不在親のイメージがあることが大切です。
 否定するのではなく、何も言わないのでもなく、積極的に別れたパートナーの肯定的なストーリーを子どもに聞かせてあげましょう。
 特に、思春期の子どもは、これから自分がどのような大人になれるのかとても不安です。もしかしたら、自分も親のように「悪い人」になってしまうのだろうかと心配します。親が「良い人」であれば、自分も「良い大人」になる可能性が出現します。

 太郎さんはアルコールで何度も失敗して、朝起きれず、仕事ができなくなりました。病院でうつ病の薬をもらいましたが、一向に良くなりません。知り合いに紹介されて、私のカウンセリングにやってきました。始めのうちは、なかなか自分のことを話せません。話し出すと、父親に対する怒りが噴き出し、自分の気持ちの収拾がつかなくなることが怖かったのです。
 やがて、カウンセリングに慣れてくると、少しずつ父親を語り始めました。いつもお酒を飲んで大声で怒鳴り、母親に手を挙げていました。今でいえばDVです。酒で失敗しては仕事をクビになり、何度も転職を繰り返していました。太郎さんが幼いころ両親は離婚して、以来父親とは会っていません。太郎さん自身は父親の記憶はあまりなく、母親から聞いた悪い話ばかりです。私は太郎さんの話を丁寧に受け止めました。さんざん父親の悪い部分を語りつくした後に、良い話が飛び出しました。パンドラの箱のように。
 まわりに迷惑をかけ、どうしようもない父親でしたが、太郎さんが生まれたときは、子どものようにはしゃぎ、とても喜んだという母親の話を思い出しました。太郎さんは父親から祝福されて生まれてきたのです。あまりにも問題の多い父親だったので、そのことをすっかり忘れていました。
 太郎さんはここまで自分の父親のことを語り尽すことができて、とてもすっきり、おだやかな気持ちになりました。
 その後、太郎さんはアルコールで失敗する機会も少なくなり、新しい仕事では職場の雰囲気も良く、無事に社会に復帰してゆきました。
若者が自分を肯定して、前に進んでいくためには、自分の命の由来である親の肯定的な物語が必要です。
 子どもの近くにいる親は、胸を張って前を向いている姿を子どもに見せてあげて下さい。
 そして、子どもから離れている(亡くなっている)親の肯定的な物語を子どもに与えて下さい。

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(付記)
多問題家族、あるいは機能不全家族という呼び方があります。
家庭の中に、失業、身体や心の病気・障害、家族不仲、浮気、暴力・虐待、ネグレクト、犯罪行為、アルコールや薬物依存など複数の問題を抱えています。その根底には貧困問題があり、社会を信頼せず、まわりからの支援にも背を向けています。
 そのような家族では、たくさん抱えている問題のひとつとして離婚もあります。この場合は、離婚だけを取り上げても解決しません。総合的・包括的な支援が必要であり、それはとても困難です。
 今の世の中の多くの離婚家族はこの範疇には入りません。ここで取り上げるのは、たまたま両親が離婚していますが、それ以外は大きな問題もなく、普通の生活をしている家族です。

2017年5月10日水曜日

子どもの心と大人の心

「ひきこもり脱出講座」に参加された方から、講座の振り返りコメントを頂きました。
私がお伝えしたかった要点を、とても上手にまとめて下さいましたので、ご紹介します。

今回、印象に残ったことは、人は誰しも「大人の心」と「子どもの心」を持っているという田村先生のお話です。そして、そのお話の中で一番大切だと感じたことは、“大人の心”から出た言葉は、子どもの“大人の心”を育てていくということです。どうやら私は自らの“子どもの心”から、息子に言葉をかけ、息子の“子どもの心”をせっせと育ててきたようです。
 例えば、「あれはやったの?これはどうするの?ちゃんと○○しなさい。」これは完全に“子どもの心”からの声かけですよね。親は子どものためと思っていても、子どもからすると、自分のやることは親に心配されるに値すること、つまり低い自己評価を植え付けているにすぎず、ちっとも子どものためになっていなかったでしょう。では、誰のためだったのか。そう、他でもない私自身の不安を軽くするためだったのだと思います。私の中に、もう少し“大人の心”が育っていれば、自らの“子どもの心”を受け止め、息子には“大人の心”から声を掛けることができたでしょう。
 一つ希望の持てるお話がありました。“大人の心”は他者の“大人の心”に触れることで大人になっても育てられるというお話です。信頼できる友人やこのようなグループ、必要があれば専門職の先生方、そういった方々の助けを得ながら、自分の“大人の心”を育てていきたいと感じました。“大人の心”から子どもへ声を掛けるのであれば、表面的な言葉に捉われることはないということに共感しました。大切なのは、親の心の在り方なのだと気づきました。
私から、補足して子どもの心大人の心について説明します。

子どもの心(万能的自我)大人の心(社会的自我)という概念は、私の臨床経験から生まれた、私自身のオリジナルな用語です(注)。子どもの心は、人の弱さを象徴します。大人の心は、人の強さを象徴します。具体的には、次のような内容です。

子どもの心(万能的自我)

  • 自信がなく、できない、うまくいかないだろうと予想します。
  • 心の基本基調は不安、恐怖、心配です。
  • 失敗することを予期して、いつも不安で、心配しています。
  • 自分では力を持っていないので、誰かに依存しないと、ひとりではやっていけません。
  • 自分では責任を取るほど強くはないので、物事がうまくいかないかは、助けてくれた人の良し悪しによって変わります。うまくいかなかいのは、人のせいです。
  • 自分は弱いものと規定しているので、危険は避けなければなりません。失敗しそうな局面は極力避けます。
  • ソトに出て人と交わると傷つく可能性が高いので、基本的に外は避けます。保護する人によって守られたウチの世界で生活します。
  • 傷つくと修復できないので、傷つかない100%の状態を保とうとします。少しでも傷つきそうなときは、すぐに撤退して0%にします。やめてしまいます。
  • 100%の自分をキープするために、他者と折り合うことは拒否します。自己中心の世界にいます。
  • 保護してくれる人からは、100%全面的に肯定してくれることを期待します。
  • 無条件の肯定(愛情)を求めます。
  • 少しでも傷つける可能性のある人は拒否します。

大人の心(社会的自我)

  • 自分はできるはずだという、根拠のない肯定的な未来予測(=希望)を持ちます。
  • 心の基本基調は安心、満足、希望です。
  • 成功することを予期して、安心しています。
  • 何とか立ち回れる能力を持っているので、ひとりでもなんとかやっていけます。
  • ものごとがうまくいっても、うまくいかなくても、基本的には自分の責任ですから、人のせいにすることはありません。
  • もしかしたら失敗するかもしれない危険な局面にも挑戦します。
  • 多種多様な人がいて、傷つくかもしれないソトの世界にも出ていくことが出来ます。
  • 傷ついても、多分なんとか立て直すことが出来るので、傷つくことを恐れません。
  • 他者と折り合うために、100%の自分をあきらめ、自分を削ります。7割くらいに減っても、まだ70%の自分が残っているので、それでも自分らしさは失われていません。

さらに、子どもの心と大人の心は、以下のような特徴を持っています。
  • 子ども時代から大人へと成長する中で、心は「子どもの心」から「大人の心」へシフト(成長)していきます。その過渡期にあるのが思春期・青年期(10代前半から20代中ごろまで)です。上記のとおり、子どもの心大人の心は、かなり異なり、正反対の属性だったりします。過渡期(思春期)には子どもという定常状態から、大人という定常状態に進化するために、だれでもバランスを崩します。その中で、様々な問題が生じやすいのが思春期の特徴です。
  • すべての人は、子どもの心大人の心の両方を持っています。小さな子どもでもしっかりした大人の心の片鱗を持っています。立派な大人でも弱さ(子どもの心)を隠し持っています。「人は強くもあり弱くもある」ということは誰でも理解できると思います。誰もが持つその両面にうまく折り合っていくのが人間の営みではないでしょうか。
  • 子どもの心/大人の心のバランスは流動的です。置かれた状況によっていつも変化しています。ものごとがうまく行き、順調な時は、自分に自信を持ち、大人の心を発揮できます。逆に、失敗したり、ストレスが多い状況などでは自信を失い、弱気になって、子どもの心が顔を出します。まるで、小さな子どもに返ったように見えるときもあります。それを退行現象と言います。
  • 思春期前の小さな子どもが子どもの心を持っているのは問題ないのですが、思春期以降の大人になると、大人の心を使うことが期待されます。青年期から大人になっても子どもの心が前面に出てくると、辛くなり、とても苦労します。
  • ひきこもりは、思春期以降に、うまく大人の心に移行できない時に生じます。背が伸びる時期に個人差があるのと同様に、大人への移行は人によってゆっくりでも構わないはずなのですが、まわりが大人へ移行しつつあるときに、子どもの心が多いと人との関係がうまくいかず、そのことがストレスとなり自信を喪失して、人との交流を回避してひきこもってしまいます。ひきこもる期間が長引くと、ひきこもっていること自体が不安と劣等感につながり、心の元気さがますます低下して、悪循環に陥ってしまいます。
では、どうしたら子どもの心から大人の心へうまく移行できるのでしょうか?
ひとことで言えば、他者の大人の心に触れることです。
このことは、思春期の子どもにも、親世代の大人にも共通して言えることです。
自分の力は、成功体験によって証明されます。なにかを試み、うまく成就できれば、自分はできるのだという感覚(自信)を持つことができ、それが肯定的な自我を育てます。

何かを試みて、それが成功か失敗かという判断はどのようになされるのでしょうか。
テストで100点、学校や会社の合格通知、勝負で勝ったといった明確な判断基準があれば一番わかりやすいのですが、実際には、テストで70点とか、第一志望が落ちて第三志望に合格、といったように、こうなっちゃったけど果たしてこれは成功だろうか失敗だろうかと迷う場合が少なくありません。その時に、他者がそれでOKだよと承認してくれると、成功体験としてカウントができ、自信を得ることが出来ます。
どっちにもとれそうな体験を承認するためには、大人の心が必要です。そのような心をもっている他者が身近にいると、その人の元気さが伝わり、大人の心が醸成されます。

思春期の子どもは、学校や社会で人と交流す中で、失敗体験と成功体験の両方を得ます。失敗体験が先行して苦労することもあるでしょうが、人と交わり続けていれば、必ず成功を体験します。親が意識して子どもに関わらなくても、自然と子どもは成長できます。

問題は、ひきこもってしまった場合です。人との交流が閉ざされると、体験を得ることが出来ません。何も体験しなければ、心の成長も止まります。ひきこもっている子どもが唯一得られるのは家族との体験です。家族、主に親が子どもを承認して成功体験を与えます。そのためには、親自身が大人の心で機能していなければなりません。もし親の元気が少なく、子どもの心を使っていると、子どもに向けて出てくる言葉からは、必然的に心配や不安を伝えてしまいます。それは、子どもの子どもの心に肥料を与えてしまいます。
ひきこもっている子どもに、親が関わるときに大切なのは、まず親が心を整えて、大人の心で動くように心がけることです。しかし、これは難しいものです。なぜなら、子どもが問題を抱えている、ひきこもっているということ自体が、親にとっては失敗体験となるので、どうしても不安や心配が先行してしまいます。
その場合は、親自身が他の人から元気をもらいます。一番手っ取り早いのはご夫婦の間で元気を交換して、大人の心に整えます。そのために、ご夫婦の間でよく話し合い、支え合います。もし、それが得られなければ他の人を探しましょう。親族、きょうだい、友人、あるいは専門家など、信頼できる人を選びます。
私はそのような考え方でひきこもりのご家族に接しています。

冒頭の方が参加した「ひきこもり講座」では、私と参加者のみなさんが元気のキャッチボールをして、お互いに元気な心のエネルギーを備蓄しています。

注)「子どもの心」「大人の心」と言う呼び方は交流分析でも使います。
交流分析は精神分析理論の超自我・自我・イドという三つの心の様子の影響を受けています。子どもの心とはイド(本能的な快楽)、大人の心とは自我(現実的な常識)という分け方ですが、私の説く子どもの心大人の心は、肯定的な自我を作るプロセスという意味で、マリー・ボウエンの自己分化(Self-Differentiation)の概念に近いかもしれません。

2017年4月30日日曜日

思春期の家族とゴールデンウィークの過ごし方

ゴールデンウィークが始まりました。
テレビのニュースでは、この連休を利用して海外に出かける人々や、渋滞で混み合う新幹線や高速道路が映し出されています。
しかし、外に飛び出す人ばかりではありません。
多くの人は、家にとどまり、普段と同じ生活を送っています。

私のクリニックに新規の患者さんが増える時期が、毎年2回あります。
ひとつが、9月の夏休み明け、
もうひとつが、5月の連休明けです。

4月に新しい年度を迎え、新しい職場、新しい部署、新しい学校、新しい学年とクラス。
当初は張り切って新しい環境に適応しようと頑張ります。
4月当初は、案外がんばれてしまいます。
新しい可能性を信じて、頑張ることができる時期です。
この時期を「ハネムーン期」と呼びます。

その頑張りがひと段落するのが、新しい生活からひと月ほど経った5月の連休過ぎです。
長距離を走るマラソンに例えれば、スタートのダッシュが落ち着き、周りのペースを見ながら、自分のペースを掴もうとする時期です。
どうも、うまくいかないと、薄々違和感を抱いていても、4月はなんとか乗り切れたりします。そして、ゴールデンウィークを終えると、ふと失速して学校や会社に行けなくなったりします。当初の頑張りが落ち着き、現実が見えてくる時期です。

十代後半から、二十代前半の思春期・青年期の若者は、馴染みの家から自立して、外の世界に居場所を見出し、飛び立とうとする時期です。すんなり外の世界に馴染んで、家族から巣立っていく人もいれば、上手に外の世界に溶け込めない人もいます。

A) 家にいるのは窮屈だから、古巣から離れて飛び立とうか???

B) それとも、もう少し巣の中に留まろうか(外の世界は怖そうだから)???

この両者の間で、迷う時期です。

このような思春期の子どもをお持ちの家族のために、連休の過ごし方をご説明します。

●子どもが自立できる家族のあり方を考えましょう
連休は、仕事や学校で忙しい家族がホッと一息をついて、家族の時間を持てる時間です。
それと同時に、家族の元気を子どもに伝え、子どもが自立に向けて前に進むきっかけを掴む時期でもあります。

大切な要点は二つです。
1)親と子の生活を思い切って切り離してみよう。
2)子どもと離れた親の元気な姿を、子どもに見せてあげよう。

この二つを具体的に説明しましょう。

●子どもをほっておこう
得てして、親は子どもを動かそう、子どもに何かを伝えよう、やらせようと思いがちです。しかし、それは必要はありません。
子どもは基本的にほっておきましょう。自分にやらせます。

せっかくのお休みなのですから、休養も大切です。
朝ねぼうもOKです。
せっかくの大切な時間なのに、寝てばかり、無駄な時間を過ごして、、、と思いがちですが、寝て過ごすのも、大切な時間です。
もちろん、ずっと寝ていたのでは元も子もありませんが、親が起こすのではなく、自分の意思で起きてくるのを待ちましょう。
恥ずかしながら、私の息子の今現在の様子を紹介します。次男は、この4月から大学生になり、新しい生活に入りました。父親と異なり、次男は新しい環境に適応するタイプではありません。連休中も友だちと交流するわけでもなく、一人で家にいます。昨晩遅く、ふいに外出して、どこかでお酒を飲んできたようです。今まで親や兄姉がお酒を飲んでいる中で、次男だけ子どもの別の世界にいて、お酒は飲まずにいました。大学に入り、お酒も飲む機会も出てきたのでしょう、飲酒を試しているようです。酔っ払って帰宅した次男は、普段は無口で父親との会話も避けているのに、珍しく陽気になって、「オヤジ!、酒飲むと気持ち良くなんだね!」と初めて酒の味を経験したようです。私は、特に咎めることもなく、勝手にやらせていました。今朝、起きてきた次男は「オヤジ、気持ち悪い。」と言います。「そうだよそれが二日酔いなんだ。酒を飲むと気持ち良くなるけど、その後に気持ち悪くなるんだぞ。」次男はそのことを初めて体験しました。朝食をとった後、また寝てしまいました。仕方ありません、新しいことを試して、失敗して、自らの体験から学んでもらうしかありません。
●子どものことから、気持ちを離しましょう
子どもから切り離された、親自身の、大人の時間を大切にします。
親子揃って、家族みんなで過ごしたい、、、と思いがちですが、そうではありません。
思い切って、気持ちを子どものことから離してみます。
親自身の心の中を、子どもの心配から解放してあげましょう。

●大人の時間を大切にしましょう
親が元気な姿を見せれば、思春期の若者も、親とは関係ない世界で、自分自身が元気になれます。
子どもに関わり過ぎないようにしましょう。
子どものことを心配しすぎないようにしましょう。
親が不安な気持ちになれば、子どもも不安になります。

●家で過ごしましょう
せっかくの連休だから、普段できないことを、何か特別なことをしなければ、、、と思いがちです。
しかし、それは必要ありません。特別なことをしようとは思わないで下さい。
外にお出かけしなくて構いません。
外は混んでいて、疲れるだけです。
家族同士で、家の中で、あるいは家の近所でできることを大切にしましょう。

●人と交わる時間を大切にしましょう
一人の時間も大切です。
ゆっくり休息して、朝寝坊して。
読書をしたり、普段溜まって手をつけられない仕事をする。
それも大切です。
しかし、家から巣立ち、外の世界に入ろうとしている子どもに、親が人と関わる見本を示すためには、親が一人ぼっちで落ち着くのではなく、あえて人と交流して落ち着く姿を見せてあげてください。

●夫婦の時間を大切にしましょう
ご夫婦が二人でいらっしゃる場合は、夫婦の絆を確認してみよう。
親子の絆よりも、大切なのはむしろ夫婦の絆です。
夫婦が楽しんで、元気を取り戻してください。
何か特別なことをするわけではありません。
普段の仕事や家事から少し距離を置き、お二人の時間を作ってみてください。
家の近所のカフェでゆっくり時間を過ごしてみましょう。
良い季節です。近所の馴染みの公園を散歩してみてください。
お酒の好きな方は、夕方にお二人で居酒屋さんに行ってみましょう。ただし深酒はしないように。

●外食より、家の食事を
ご夫婦お二人で、買い物に出かけてみましょう。
食べることは、家族生活の重要な楽しみです。
忙しい普段は、食事もおざなりに済ませてしまいがちです。
お休み中は、ゆっくりと食事のプロセスを楽しんでみよう。
近所のスーパーで、ご夫婦揃って食材を仕入れてください。
ご夫婦で料理をしてみましょう。
普段は滅多に厨房に入らない男子も、あえて台所で夫婦の時間を作ります。
そして、ゆっくり食事と会話を楽しんでください。
その余裕を作れるのが連休の良いところです。

●意味のない会話を楽しみましょう
目的のない、意味のない会話を試しましょう。
目標は、近所のおばさんたちの井戸端会議です。
男性はそれがとても苦手です。意味があること、目的があることしか話したくはありません。それ以外の会話は面倒、時間の無駄と考えます。
しかし、目的のないコミュニケーションこそ、人の心理的な距離を近づけます。
話す必要のない、どうでも良いことを話してみましょう。
空が綺麗だね。
風が強いね。
道端の花が綺麗だね。
このコーヒーおいしいね。
(「どこ産の豆かな?どうやって焙煎するのかな?」、、、などと理性的においしい原因を追及する必要はありません。ただ「おいしいね。」「そうだね。」だけに留めておきましょう)
意味のない会話のキャッチボールを楽しんでください。

●何もせず、一緒にいるだけの時間を大切に
家族にとって大切なことは、何かをすること、実行することではありません。
一緒にいる空間と時間が大切です。
何もしなくても、お二人が一緒にいるだけで楽しいですか?
無理、無理、、、とおっしゃる方がとても多いです。
夫婦の親密性を作るには、何か行動しないといけないと思いがちです。
出かけよう、映画を見に行こう、旅行に行こう。
映画に行けば、黙っていても、一緒にいる感覚を持つことができます。
大切なのは映画ではなく、一緒の場所と時間を共有している感覚です。
それを作り出すのは会話です。
夫婦の言葉を作ってください。
特別な何かをする必要はありません。
ゆったりと、一緒にいる感覚、家族の絆を取り戻して下さい。

●ひとりぼっちの方へ
今までは、ご夫婦単位で考えてきましたが、
伴侶がいない方、あるいは伴侶との交流が得られない方へのアドバイスです。
あなたにとって、過去あるいは現在の大切な人を思い浮かべてください。
その人との絆を手繰り寄せてみましょう。
それは、昔の友人だったり、きょうだいであったり、自分の親であるかもしれません。
その人にメッセージを送ってみましょう。
既に亡くなっていても構いません。
その人を思い、届けることのないメールを書いてみる。これは私がカウンセリングの中でよくお勧めする手法です。
あなたが子ども以外の人との絆を回復することができれば、子どもとの絆を手放すことができます。

●家の整理をしてみよう
家の中を片付けてみましょう。
既に使わなくなったもの、不要だけど、捨てるのはもったいない。また使うかもしれない、、、多分、もう使わないのだけど、捨てたくない。
そんなものが家の中に溢れていると、家が狭く窮屈になり、住みにくくなります。
それらを、思い切って手放して捨ててみるのも大切な作業です。
棚に上げられ何年も過ぎている荷物を棚から下ろし、中身を点検して、整理して、手放します。
すると、家の中に新たな空間が生まれ、とてもすっきり、気持ちが軽くなり、毎日が過ごしやすくなります。
これは、一つの比喩でもあります。
心の中の整理も同様です。
心の中に、過去の思いが棚上げされて残っていると、心が狭く窮屈になります。
それを思い切って棚卸しして、中身を点検して、手放します。
すると、心がとても軽くなり、毎日が過ごしやすくなります。
一人でその作業ができないときは、カウンセリングの中でご一緒に棚卸しをします。
●子ども抜きで、親が元気でいられる姿を、子どもに見せましょう
子どもは、とても親思いです。
うちの子は違うと思いがちですが、実は親思いなのです。それを表に表さないだけです。
親が子どもの幸せを望むように、子どもは親の幸せを望みます。
親が子どもの幸せに責任を取ろうとするように、子どもは親の幸せに責任を取ろうとします。
子どもを真剣に思ってくれている親が幸せでないと、子どもは真剣に親を幸せにしようとします。
親は自分を犠牲にしても子どもを救おうとします。子どもも自分を犠牲にしてでも親を救おうとします。

親にできる一番大切なことは、子どもから、そのような役割を解放してあげることです。
そのためにも、親は自分の力で幸せになってください。
子どもの力を借りないでください。
そして、元気になった姿を子どもに十分に見せてあげてください。
そうすれば、子どもは安心して(良い意味で)親を見捨てて、自然に外の世界に入ってゆけます。

2017年4月18日火曜日

浅田真央の涙と心の豊かさ

先週、引退発表した浅田真央ちゃんの引退記者会見は、テレビで何度も繰り返して放映されました。
私は彼女の涙に感銘を受けました。
日本を代表するスーパースターとして数々の栄光を手にし、国民のアイドルとしてお茶の間を沸かせた一方で、思うように行かず、悔し涙もたくさん流した彼女。

記者会見では多くの報道陣のカメラの前にして、最後は笑顔で終えたかったのでしょう、立ち上がり微笑もうとしますが涙をこらえられません。後ろを向いて涙を見せまいとするけなげな姿は私自身の体験とも重なり、共感を覚えました。

なぜ真央ちゃんは、そして我々は、溢れ出す涙を隠そうとするのでしょうか?

恥ずかしいから?
みんなのアイドルは、笑顔を振りまかねばならないから?
大人の涙は、恥ずかしく、避けようとします。

しかし、それは大切な役割を果たします。
診療してると、多くの方々が泣かれ、診察室のティッシュはどんどん減ります。
涙の心理的効用について考えてみました。

人生が始まり、幼い赤ちゃんはたくさん泣きます。
空腹だったり、眠かったり、泣くことがまわりに自分の意思を伝える唯一の言葉です。
赤ちゃんは未熟で無力な存在です。

子どもから大人へと成長する時、
「泣いてはいけません、我慢して、頑張りなさい」
と教えられます。
涙は、自分の気持ちがコントロール出来ず、暴走してしまった状態です。
泣き虫は弱さの象徴です。
真央ちゃんも、我々も、涙を克服して、涙など流さないほど強くなりたいと願います。

でも、涙を否認せず、自分の一部として受け入れることこそが、本当の強さに繋がると思います。

ここで、実際の相談例をご紹介します。

茂雄さん(仮名)は50代、息子のひきこもりの相談に、ご夫婦揃っていらっしゃいました。
家族のことを真剣に考える素晴らしい父親だと私は思いましたが、茂雄さん自身は息子に厳し過ぎた、叱ってばかりいたと反省しきりです。
茂雄さん自身も父親からいつも怒られていました。「ちゃぶ台返し」もよくあり、母親を泣かせていました。父親はろくに働かず、家族は借金を抱え、とてもみじめな子ども時代を送りました。
幸い、茂雄さんは成績がよく、涙をこらえ、悔しさをバネに人一倍がんばって、立派な社会的地位と財を築きました。茂雄さんは会社の部下たちからとても尊敬されています。

そういう茂雄さんにとって、頑張ろうとせず、努力を諦め、家でひきこもる息子は到底許せません。父親は息子に怒り、息子もそういう父親を拒否します。
茂雄さんから話を聞くうちに、茂雄さん自身も亡くなった父親に怒り、許していないことが語られました。

診察室でも、妻や私に怒りを爆発させることがしばしばです。
そんな茂雄さんが、初めて涙を見せた時のことを、私はよく覚えています。

カウンセリングの初期は、息子さんのことが話題の中心でしたが、やがてご両親のこと、とくに父親である茂雄さんの心の中にたくさんの怒りが溜まっていることに彼自身も気づき始めました。何もしようとしない息子の姿をみれば怒る気持ちも当然でしょう。

しかし、その背後には怒りとは正反対の、息子を純粋におもいやる優しいお父さんの気持ちもあります。

田村: 怒りを持て余している茂雄さんの率直な気持ちと、息子さんを思いやる気持ちを、息子さんに伝えてあげたらどうでしょうか?

茂雄さん: それは難しいなぁ、、、

田村: いや、茂雄さんなら、きっとうまく出来ますよ。

茂雄: いやぁ、そう期待されてしまうと、、、

と言った途端に、茂雄さんは突然大きな声で泣き出しました。
横でみている奥さんは、いったい何が起きたのかと、おどろいています。

今まで、茂雄さんは感情を封印して、理性でがんばってきました。
悲しみや不安などのネガティブな感情は、すべて怒りという感情(攻撃性)に転換して、それ以上近づけないようブロックしてきました。

私の言葉は、鎧で固めた茂雄さんが隠し持っている心の琴線に触れました。
そうすると、今までこらえていた感情の封が切られ、涙となって表出されました。

私が茂雄さんの涙を拝見したのは、先にも後にもこの一回だけです。
この後、茂雄さんは大きく変わりました、と奥さんは言います。
茂雄さん自身はそんなことないと否定しますが、子どもたちや妻への関わり方がとても優しくなったそうです。それまで息子さんと会話しようとしても緊張してうまく話せなかったのですが、父子がお互いに片意地をはらず、自然におしゃべりできるようになりました。

涙を隠し、泣かないことが強さではありません。
自分の気持ち(弱さ)を認め、受け入れ、それを大切な他者にも伝えられることこそ、本当の心の豊かさなのです。

2017年3月15日水曜日

子どもの進路にエールを送る

人は、時に人生の大切な選択肢に出会います。
どちらの道を選択するか、迷い、立ち止まります。
その選択は、自らの意思で決めなくてはなりません。
そうしないと、自分の進む道に責任を持てなくなります。

〜〜〜

R君はとてもラッキーなことに、P高校とQ大学付属高校の両方とも受かりました。
・P高校は偏差値がより高く、一流大学に多数進学しています。
・Q高校は大学の付属高校で、スポーツなどの部活動が盛んです。
R君はどちらを選択するか迷いました。
父親はP高校を勧めました。
R君は父親の言うとおり、P高校に進みました。ところが、、、

優秀な生徒が集まるP高校のレベルは高く、中学までクラスでトップだったR君にとって、今まで経験したことのない大きなショックでした。希望して入った野球部も仲間や先輩とうまくいかず退部して、学校にも行くことができなくなりました。

R君は、次のように言います。
本当はP高校ではなく、Q高校に行きたかった。
大学受験を気にせず、好きな野球に打ち込みたかった。
P高校の野球部は僕に合っていない。
P高校に行けと言った父親のせいで、僕はこうなった。

R君の父親にもお会いしました。
P高校をRに押し付けたつもりは全くない。
ただ、父親の意見として、P高校に入って、大学はより高い目標を目指してみたらとアドバイスしただけだ。それも、強く言ったわけではない。
しかし、当時、仕事が忙しくて、Rと接する機会が限られていた。わずかな機会に言った一言が、Rの心に残っているんだろう。

R君は、
父親と落ち着いて会話したことがあまりない
と言います。
R君にとって、父親は話しにくい、畏怖する遠い存在でした。
その父親の一言を、必要以上に重く受け止めてしまったようです。

その後、R君と父親は話し合う機会を多く持ち、高校にも行けるようになり、無事に卒業しました。一浪の末、Q大学に合格しました。
P高校の同級生たちは、みなQ大学よりレベルの高い大学に進学しています。

初めからQ大学付属高校に行っていれば、こんなに悩んだり苦労せずに現役でQ大学に行けたのに、すごく回り道をしてしまった。。。

これも、R君にとっては大切な人生の回り道だったのでしょう。
R君はQ大学を卒業して、立派に社会に巣立って行きました。

〜〜〜

子どもがひきこもり始めた初期には、無理に働きかけたり励まさず、安心してひきこもることができる環境を家族が整えます。
しかし、これは初期の段階です。

ある程度の時間、休息できた段階で、親は安心してひきこもりから脱して前に進む力を与えます。
子どもが自らの力で前に進むことが一番なのですが、長期間ひきこもっていると、そのような力を見失ってしまいます。その時は、親が良い意味での指針を子どもに与えます。

しかし、これは親にとって想像以上に難しいものです。
・子どもの自主性を尊重したい。
・親の考えを押し付けたくない。
・親の影響を与えたくない。
と考えます。

〜〜〜

私の子どもの話をしたいと思います。
高校を卒業した次男は、第一志望のA大学と第二志望のB大学を落ち、第三志望のC大学に受かりました。
ところが、C大学の入学金を納めた後に、B大学から補欠合格の通知が来ました。
次男は、入学金はもう戻らないのかと尋ねてきます。
私と次男とのLINEのやり取りを紹介します(ほぼ原文のままです)。

父親:お前の人生だ。お金のことは気にせず、よく考えてごらん。

次男:どっちかっつーとC大の方がやりたいことできるんだよね(笑)。
B大の方が名前は良いから考えていたけど、あんまりやりたいことできないんだよねー。

父親:そうだ。名前とかブランドではなく、内容を見てお前が本当に誇りを持って打ち込めるかだ。
就職の時、文系はどうしても大学のブランドが効いてくる。その点、工学系は具体的に学ぶから、就職の時、大学で何を勉強したか聞かれると、この学生はマトモにやってきたか、遊んできたか、すぐわかっちゃうんだ。そういう意味でオマエが本当に打ち込める方に行きなさい。

結局、次男はC大学を選択しました。
私は内心、B大学を選んで欲しかったのかもしれません。
別の機会に、私は子ども達に次のように話したこともありました。

学歴社会。
大学のランクとか偏差値って、昭和の価値観なんだよ。
パパが十代の頃、日本は高度経済成長期だった。
たくさん努力したら、より多くの幸せが得られると、社会のみんなが信じていたんだ。
当時は終身雇用制だから、学校を出て就職したら、定年までその会社を勤め上げる。
学校のレベルと会社のレベルも、ある程度は相関していた。
今ほど豊かな社会じゃなかったから、賃金の高い会社の方がお金持ちになって、より幸せになるってのも、ある程度は正しかったのかもしれない。

でも、平成の今は違う。
経済成長は限界に達し、終身雇用制も崩れ、誰でも転職する時代だ。
高学歴でも、社会に出てからどんどん下がっていく人もいるし、その逆だっている。
パパはそういう人々をたくさん知っている。
つい最近も、一流企業で過労自殺が問題になったでしょ。
学歴の差が、年収や幸せに直結しなくなったんだよ。
なのに、昭和を生きて来た親や高校の先生やたちは、未だに偏差値とかにこだわっているんだ。そんなの、全然関係ないじゃん!

これは子ども達へというより、実は、未だに昭和の価値に囚われている私自身に対する自戒のメッセージなのです。
私は、クライエント家族の方々から多くのことを学ばせていただいています。
子どもの成長を見守る親の不安は、私もたくさん持っています。

・親の価値を、子どもに押し付けてはいけない。
・しかし、子どもに親の価値と期待を良い形で与え、前に進むエールを与えます。

ということも、学ばせていただきました。

次男に、
B大学に行きなさい。
とは言えませんでした。

・Aの選択肢も、Bの選択肢も、同等に可能であること。
・それを決めるのは次男自身であること。
・決める際の選択基準、考え方を与えること。
・子どもが選んだ道を肯定すること。

これらが、父親として子どもに言えるギリギリの線でした。

2017年3月2日木曜日

ひきこもり脱出講座の効用

ひきこもり脱出講座の参加者から、感想をいただきました。

 ひきこもり脱出講座に参加することが出来て、とても嬉しく思っています。
 今まで、ひきこもりの家族会や学校の親の会などには参加してきましたが、ひきこもりについての情報を得ることがメインとなり、親自身の変化や癒しには繋がりにくいと感じていました。
 初めての参加でしたが、今までの経験や気持ちを安心して話すことができました。田村先生や皆さんに受け止めていただくことで、また、皆さんのお話から気づきや学びを得ることで、この講座が親自身の成長を促してくれる場であることを実感しました。
 これから、この講座を通して私自身がどのように成長できるか、とても楽しみです。

ひきこもり脱出講座は今回で14回目となりました。
5−10名ほどの同じメンバーが、3週間おきに6回集まります。
前半は私の方からお話しして、後半は、参加者の方々から様々な話が出てきます。2時間があっという間に終わります。
初めて参加される方は、はじめは緊張されていますが、回を重ねるにつれ、だんだん慣れてきて、自分のご家族の話などをされます。なかなか他では人に話せないようなことでも、同じ境遇の方々なので、気軽に話すことができます。
そのようなやり取りを深めることで、単に知識を得るばかりでなく、親としての癒しや成長につながります。

 一番初めにこの講座に参加した時は、何かお話ししようとすると、涙があふれ出ていました。絶望感と不安感で押しつぶされ、自信を喪失していました。
 その後、何回か参加していくうちに、田村先生からの学びと、同じような悩みを抱えているみなさんの話を聴いて、少しずつ勇気が出てきました。
「子どもの親としてだけでなく、私自身の人生を楽しもう!」
と決心して、動き始めたら、家族が良い方向へ変わってきました。私が生きる楽しみを見つけて、喜んだり、感動したり、あわただしい日々を送っていたら、ちょうど良い親子の距離感が出来たようで、子どもは自分で考えて、自分で動けるようになってきました。

 6回のシリーズを終えた後も、続けて次のシリーズに参加される方も多くいます。
だんだんと、親の気持ちが前向きに変化していきます。すると、不思議なことに、子どもも気持ちが前向きになり、ひきこもっていたお子さんも、自然に外に出られるようになってきます。
 そういう意味では、「講座」というよりは、親の成長のためのグループ・カウンセリングに近いかもしれません。

子どもを信頼する力

私が子どもの頃、毎夏お盆の時期に愛媛県の母の実家に帰省しました。
親戚やいとこたちみんなで遊んだ海水浴は、とても懐かしい思い出です。
 
ある夏の思い出です。
たしか小学校高学年だったと思いますが、いとこのお兄ちゃんが沖にいるのを目指して、覚えたての平泳ぎで、プカプカゆっくり気持ち良く泳いでいました。
すると、突然手漕ぎの小舟が近づいてきて、「大丈夫ですか?」と、舟に乗せられ、岸に戻されました。
岸では親戚みんなが大騒ぎです。どうも心配性の叔母さんが、「タケシ君が溺れてる!」と叫んだのがきっかけだったようです。確かに岸から見れば潮に流され、溺れているように見えます。母はパニックで泣いていました。私としては、そんなに悪いことしていたわけじゃないけど、みんなに心配かけたのは悪いことだと思わざるを得ませんでした。
巣立とうとする思春期の青年たちは、自分の力で泳げるのか試します。
小さな子ども時代は、まわりの大人たちによって安全が確保されたプールで泳いでいます。
広い海はとても危険です。
勉強がうまくいかなかったり、友だちからいじめられたり、先生から叱られたり、クラブ活動の先輩や微妙な友人関係など。。。

親は不安です。
そんな危険な大海原を、この子は本当に泳げるのでしょうか?
泳ぎ始めは、みな下手くそです。はたで見てると、溺れるんじゃないかと心配します。
親としては、子どもを溺れさせるわけにはいきません。助け舟を出します。子どもは海から引き揚げられ、自分の泳ぎを習得する機会を失います。

本当に大丈夫なのでしょうか?
この子は、自分で何とか困難を乗り切る力を持っているのでしょうか?

その答えは、実際にやってみないとわかりません。
必死に泳ぐ当事者だって自信がありません。
周りの人が「あぶない!」と言えば、危ないし、
「大丈夫!」と言えば、大丈夫かなと思うしかありません。

親が心配のオーラを投げると、子どもも心配になります。
親が安心して子どもを見守っていると、子どもも安心して、何度か失敗しながらも困難な海を泳げるようになります。
ひきこもっていたAさんは、一大決心して、親から離れ自分ひとりで生活することにしました。親にとって、それまで身近にいたAさんの姿が見えなくなります。様子がわからなくなります。連絡しても、電話に出ません。コンタクトが途絶えてしまいました。ひとりで何してるのだろうか?とても心配になります。もしかしたら、死んでるかもしれない。。。そんな不安が親の心をよぎります。
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それではいけません。
子どもを心配し過ぎるのは、親のエゴです。
子どもを信頼してあげましょう。

この子は大丈夫だ。ひとりで泳げる!

その親の眼差しが、子どもを成長させます。
子どもを信頼せず、いろいろ干渉してくる親を子どもはとても嫌がります。
子どもは親の心配を拒否しようとします。
すると、子どもから拒否された親は傷つき、さらに心配します。
この悪循環が、巣立とうとする子どもを縛ります。

2017年2月22日水曜日

こうやって話すと、辛くなりますよね?

P子さんは、息子のひきこもりについて相談にいらっしゃいました。
カウンセラーに相談するのは初めての体験です。
始めは、息子さんのことを話していたのですが、途中から、家族の話に移っていきました。

実は、家族の問題なんです。

と言いながら、家族が長年抱えてきた問題や、P子さんの辛さをよく語ってくれました。
最後に、P子さんが語ってくれた感想が、表題の言葉でした。

こうやって話すと、辛くなりますよね?

確かにそのとおりです。
人は、他者の問題については比較的話しやすいのですが、自分自身の問題について認め、語ることは、とても辛いことです。
なぜなら、痛みを自分自身で請け負わなければならないからです。

P子さんは、その痛みに耐え、よく語ってくれました。
とても、しんどかったでしょう。
しかし、それが根本的な問題解決への第一歩なのです。
その辛さを通り越すと、幸せを得ることが出来ます。

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S雄さんとT子さんが、夫婦カウンセリングにいらっしゃいました。
ふたりで一緒に相談した後、S雄さんはひとりで相談したいからと、T子さんに席を外してもらいました。

実は、T子を先生に診断してもらいたいんです。
ネットで見たら、T子は境界性パーソナリティ障害か、うつ病だと思うんです。
治るものなら、治してほしいです。
もし治らない病気なら、離婚したいと思います。
その場合、妻は病気だという先生の診断書を書いて下さい。

二人とも、人間としてはとても素敵な人です。
結婚するまでは、とても幸せでした。
しかし、5年たった今のふたりの関係は最悪です。

その一番の要因は、二人とも、心の中に抱えている大きな負の遺産です。
二人は、安全な家族で育ちませんでした。
一見、ごくふつうのご実家なのですが、家族の中に見えない葛藤を抱え、お互いを傷つけあいながら成長しました。
その体験が、二人の関係性に大きく影響しています。親密になり、心理的距離が近づくと何か悪いことが起きるのではと不安になり、自分を守るために、無意識のうちに相手を傷つけてしまいます。その応酬がエスカレートして、ふたりとも耐えられなくなりました。

T子さんは、自分の実家問題に気づいています。
そのことを認め、どうにかして自分が良くなりたい、夫婦関係が良くなりたいと、助けを求めています。

一方のS雄さんは、自分の家族に問題があったということを認めず、自分自身の意識からも追い出しています。
私から、「これはおふたりの関係性の問題であり、双方が変わらなくてはならない」と申し上げるのですが、S雄さんは認めません。
S雄さんにとって、問題の所在はあくまでT子さんに属し、自分自身の問題性は否認しています。

だれでも、自分の問題や欠点を請け負うことはリスクを伴います。
一時的に自尊心を失い、自信とやる気を失ってしまう。
P子さんも、S雄さんも、過去に家事や仕事が出来なくなり、寝込んでしまった時期がありました。
S雄さんは、医者に診てもらい「病気じゃないよ」と元気付けられ、どうにかカムバックしました。
そんな事情があるので、P子さんもS雄さんも、自分の心の健康に不安を抱えています。

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自分の弱みに鎧をかぶせ、隠せば、取りあえずどうにか動けます。
自分の弱みを開示してしまうと、痛くて動けなくなることもあります。
そこが難しいところです。
隠せる範囲内なら、棺桶まで持って行っても良いのかもしれません。
しかし、それが限界を超えて大きくなると、自分一人では処理できなくなります。
他者に救いを求めるしかありませんが、そのためには、どうしても自分の弱みを開かなければなりません。
自分自身でもそれを見ないといけません。
それは、恥ずかしく、落ち込んでしまいます。

だれでも、病院に行くのは嫌なものです。
痛いところを見せないといけません。
診察するために、服を脱いで、裸の姿を晒さなければなりません。

歯が痛くても、市販の痛み止めでどうにか我慢できるならいいのですが、
どうしようもなくなったら歯医者に行き、口を大きく開けなければなりません。

やぶ医者にはかかりたくありません。
よっぽど信頼出来る医者でなければ、自分の痛みを見せたくありません。

何を根拠に信頼出来るのでしょうか?
1)的確に診断して、痛みを取り除く腕があること。
2)自分の痛みをちゃんと理解して受け止めてて、無理せず、丁寧に優しく対応してくれること。
このふたつがとても大切です。

心のケアも同様です。
A) 心の痛みが、一人でどうにか処理できる範囲であれば、人に頼らず、痛みは自分の心の中に閉じて、自分で何とかがんばります。
B) しかし、それを超えたら、信頼できる人に自身の痛みを開き、自分自身もそれを認めます。

両者とも大切なことです。
この両方をうまく使い分けることが肝心です。
しかし、なかなかうまくいきません。
P子さんも、S雄さんも、既に限度を超えて、息子のひきこもり、あるいは夫婦関係が破たん寸前という深刻な問題を抱えているのですが、(A)から(B)に移行できません。
P子さんは「息子の問題」、S雄さんは「妻の問題」として処理され、「自分自身の問題」が棚上げされています。上手にたな卸し出来れば、子どもや夫婦関係の問題は必ず快方へ向かいます。

〜〜〜
自分でがんばるか、人に頼るか、、、
その志向性は、人によって異なります。

私の20歳の娘は、何か困ったことがあると、すぐに「助けてー!」と人に頼ってきます。
私の18歳の息子は未だ反抗期なのか、親と会話しません。困ったことがあっても、自分で解決しようとします。
今朝も、家の中で飼っているビーグル犬が粗相(ウンチ)をしてしまいました。
息子は親に救いを求めず、自分ひとりで掃除していました。
もしこれが娘だったら、家族みんなを巻き込んで大騒ぎです(笑)。

〜〜〜

大学に勤務していた頃、新入生の健康診断を担当していました。
診察の前に問診票を渡します。

( )夜、寝つきにくいことがある。
( )気分が悪くなることが時々ある。
( )食欲がわかないことがある。

といった質問にチェックしてもらいます。
ほとんどの学生たちは健康そのものなのですが、男子と女子でマルの数が異なります。
女子はマルの数が多いです。しかし、診察してみると、それほど大したことではなく健康です。
一方、男子はほとんどマルをつけません。診察して問題がある場合もです。

一般的な傾向として、
女性は、自分の弱みを開示して、他者に救いを求めることが得意です。
男性は、人に弱音を見せず、自分でなんとかしようとがんばります。

〜〜〜

私は、中学で柔道部でした。
柔道は受け身がとても大切です。
組み手をしている時は、身体に満身の力を込めて頑張ります。
しかし、どうしようもがんばれなくなり、相手に倒される瞬間、ふっと全身の力を抜くのが受け身です。すると、安全に倒れることができ、骨折などのケガから体を守ります。
相手に負けることを否認し、最後まで頑張り続けると、大きなケガをします。

私は高校で山岳部でした(笑)。
ヒマラヤ登山隊は、莫大な資金と労力を重ね、8000m級の山を目指します。
隊長は、気象と隊員のコンディションを見て危険が高いと判断すると、頂上アタックを断念します。せっかく目前まで迫ったのに、今までの努力が水の泡と消えます。
そうやって、隊員の命を守ります。

〜〜〜

人の本当の勇気とは、前に進むことばかりでなく、必要な時には撤退できる力です。
苦労して作り上げてきた自分の鎧(プライド)を脱ぎ、弱さを認める辛さに耐える力です。

2017年2月8日水曜日

高学歴家族の自尊心

自尊心 Self-Esteem 
=自分に自信を持ち、自分のやっていることに誇りを持てること。

人は、自尊心がないと前向きに生きていけません。
とても大切なものです。
それをどう作って、どう調整するのか。
人生のハードルをいくつも越え、成功と失敗を繰り返しながら、自分の身の丈にあった自分、肯定できる自分が作られます。
しかし、それは思春期の子どもたちにとっても、そしてそれを見守る親にとっても簡単ではありません。
越えるべきハードルが高いのが高学歴家族です。それを飛ぶことができないと、前に進めなくなります。その高さは、微妙に調整しなくてはなりません。しかし、それは難しいことです。
私の家族を例にして、お話ししましょう。

<<息子の自信獲得>>

自分で言うのも変ですが、うちは典型的な高学歴家族です。
私も、妻も、両親も、子どもたちも、いとこたちも、みんなA級の高校・大学に進学しました。
家族によって設定された高いハードルを飛び越えることが期待されます。
しかし、末っ子の次男はそのレベルに達していません。
次男は兄・姉と同じようなA級都立高校に挑戦して、落ちました。
彼は、まだ自己万能感の世界の中にいました。根拠もなく、自分は当然、受かるつもりでいました。

父親と見に行った合格発表に、彼の受験番号はありません。
父親である私は、呆然として落胆を示しました。
次男は「オヤジ、そんなに落ち込むなよ!」と慰めてくれました。
その直後の帰り道、彼の堪えていた涙が突然吹き出しました。

以来、彼は自信を得られずに、もがいている。。。と、親は勝手に見ています。
本人がどう感じているかは、分からないのに。

現在、次男は大学受験の真っ最中です。
彼は滅多に自分を表現しません。典型的な思春期男子です。私自身もそうでしたから。

父親が、「どこを受けるんだ?模試の結果を見せろ!

と言っても見せようとしません。
しつこく言って、やっと見せた模試結果の志望校は全てF判定でした。
そりゃあ、親に見せたくないよな。

ところで、第一希望はどこなんだ?

まだ、決めてない。

決めてないわけないだろ。
でも言ってしまって、そこを落ちたときのことを考えてるんだろう。
だから、親には言わない。
自信なんか、ぜんぜんないよな。

3年前の高校受験は本命と滑り止めと2校しか受けませんでした。
今回の大学受験は8校受けるようです。
どこを受けるのか、すべて本人が決め、親に干渉させようとしません。

これから連続で始まる受験の初日、朝起きてきて、

おやじ、ハンドパワーをくれよ!

と、握手を求めてきました。
普段は無口で、親が話しかけても答えず、ほっといてくれよと、身体が触れることさえ嫌い、距離を置こうとする次男にとっては青天の霹靂です。
彼にとってもよっぽど心細かったのか、緊張していたのでしょう。

次男は頑張っています。
塾や予備校を勧めても、父親が英語を教えてやろうと言っても、すべて断り、自分でやると言います。
自立したいだけなんだ。
自分の足で立ちたいんだ。

彼が選んだ大学は、すべて彼の身の丈にあったB級大学です。
ふつう、一個くらいはちょっと上の大学を受けるだろう。
誰だって、背伸びしたいものです。夢は捨てられない。
しかし、彼は、ちゃんと捨てています。10割から7割に縮んだ自分を受け入れているのだろうか。
だとしたら、父親が未だに解決できていない葛藤を、すでに乗り越えていることになります。

いや、そんなエラいもんじゃないのか。
ただ、気が弱いだけなのか、背伸びしたくないのか。
自分に制限をかけているのか。
それとも、大学の序列とかどうでもいいと思っているのか。
受験生たちには、直近の目の前にあるハードルしか見えません。AとかBとかその高さは関係なく、ただ、目の前に置かれたハードルをなんとかクリアしたいだけなのでしょう。
そのハードルが、社会や親族の中でどんな意味を持つかなんて、もっと後からやってくるのでしょう。

次男は高学歴家族がどうのこうのなんて、考えちゃいないのかもしれません。
親の私が気にして、勝手に不安がっているのでしょうか。
その不安を子どもに投影してしまうと、子どもがせっかく飛べたハードルの意味を壊してしまいます。そんなハードルは価値が低いと親が評価すると、子どもは成功体験を得られません。
AとかBとかという価値は、世間からやってくるように見えるけど、実は家族からやってくるものです。

どうやって彼は自信を獲得していけるんだろう?
私にはわかりません。
それが父親の不安です。
なぜなら、私自身に、その経験がないからです。

そんな、難しいことごちゃごちゃ言わないで、
ただ単純に彼が飛び越えたものを承認すれば良い。
頭ではそう考えますが、自信がありません。

来週、次男は、きっと、どこかの大学に受かるでしょう。
私はそれを、大いに祝福してやりたい。
浮ついた言葉ではなく、心の底から伝えたい。
そのためには、自分自身の心をもう少し深く点検しなければなりません。

〜〜〜

<<父親の自己万能感の再調整>>

幼児は、すべて自分の望みが叶うという幼児的自己万能感に浸っています。
100%の自分でいたいと願うことで、基本的な自己肯定感が生まれます。
そして、成長する中で、プライドが傷つき、100%から70%、60%と縮小せざるをえなくなります。それを受け入れることにより、ピーターパンの世界から現実の世界に降りて来ます。
傷つきを受け入れ、傷ついた自分を受け入れることによって、本当の大人になれるのです。

そういう意味では、もしかしたら私はまだピーターパンの世界にいるのかもしれません。
自分自身では、「なりたい自分」を成就してきました、、、というかできちゃった。
まだ本当の挫折を知りません。
私は、「学歴」というちっぽけな、しかし日本社会では大きな幅を利かせている価値を頼りに自尊心を築いてきました。

進学高校⇒高校アメリカ留学⇒国立医学部・大学院⇒英国留学⇒国立大学教授⇒開業医、、、

自尊心を作っていく過程は、自分自身のみに終わらず、自分の延長である家族にも及びます。それが、子どもたちの成長を見守る姿勢に現れています。
うちの家族の通過儀礼のハードルはA級なんだ。それを飛べて一人前になる。
それを子どもたちに期待して、承認を与えてきたように思います。
そんなこと、誰も決めていないのに、私の自己万能感の中に自動的に組み込まれています。
では、Bのハードルを飛んだ次男に、どうやって承認を与えるのか?
そんな、単純な、当たり前ことが、実感できません。

今、私自身の自己万能感を、再調整する時なのです。

大学の偏差値って、いったい何の意味があるんだ!?
昭和の高度経済成長時代の終身雇用制度では、大学のランクが就職先のランクに直結して、生涯収入額と幸せの量にも比例していたのでしょう。
豊かさを十分成就してしまった今の日本社会では、その世間的価値もとっくに崩れています。
一部上場企業に行っても、つぶれるし、人々は転職が当たり前だし、うつ病だって、過労死だってあります。医者や弁護士になったって、アルコール依存も、DVも、家庭崩壊もあります。そういう人たちを、私はたくさん知っています。

だのに、私は形骸化した価値観に、未だに縛られています。
それは、私自身が、その価値観に準拠して自尊心を作り上げてきたからです。
ちっぽけな、現代日本という狭い時代の狭い社会にしか通用しない準拠枠をすべてだと思い込んできました。

講演会では、司会者が私のプロフィールを紹介してくれます。

田村先生は、○○大学医学部をご卒業、博士号を取得された後、イギリスに渡り、○○を学びました。6年前に○○年間奉職された○○大学の教授を早期退職され、西麻布に精神科クリニックを開業されました。。。

これが、私の自尊心の根拠なわけ?
人より抜きん出ることが自尊心ですか?
業績が、自尊心ですか?
なんか、それって薄っぺらな自尊心じゃないかしら?
人と比較しないと、自尊心を持てないの?
人と比べて、自尊心を持つの?
そういうの、エリート意識っていうんじゃないの?

いや、そうじゃないんだ。
自尊心を得るためには、二段階が必要なんです。

1)何かを達成する。
ストレートに達成しても良いんだけど、もっと深いのは挫折し、失敗して、自尊心が傷つき、万能感が打ち砕かれた後に、再度立ち上がり、別の何かを達成します。
何らかの努力は必須です。それがないと、他者は承認する根拠が得られません。
空手形の誉め言葉ではダメです。

2)それを承認する他者がいる。
「よくできた。素晴らしい!」
という言葉があって、それが達成であることが初めて意味づけされます。
遠くの世間の人から賞賛を得るには、何かで抜きん出ないといけません。誰もがそれをできるわけでもないでしょう。
近くの人の方が大切です。身近で、自分にとって大切な人、自分のことをよく理解してくれる人からの承認が必要です。それは家族です。

▲世間からたくさんの承認を受けているのに、身近な家族から受けていない人は、寂しく。孤独を感じています。
●世間には全く知られないけど、身近な家族から承認を受けている人は、どこか満ち足りています。
幸福は世間からではなく、家族からやって来ます。

さあ、次男、頑張れ!!
諦めず、努力しろ!!
しかしどこかで限界を認めなくてはなりません。
エベレスト登頂では、勇気ある撤退が必要です。せっかくたくさんのお金と時間をかけて頂上を目指すが、隊長は気象条件と隊員の疲労度を考え、判断します。
ここで無理をすると遭難する、いや、しないかもしれない、でも危険だ。もともと登頂なんて危険なはずなのに。
判断するには、相当な勇気が必要です。
そして、撤退します。

次男は山を撤退したわけじゃない。
彼が選んだ山を登ろうとしているだけです。
彼はよく選べたと思う。
家族の伝統を意識したら、3000m級の北アルプスを目指さなければなりません。
しかし、彼は既に傷つきを受け入れ、自己万能感をリサイズできています。
ちゃんと2000m級の奥秩父を目指しています。

すごいじゃないか。父親より、兄・姉より、お前は人間が出来ているぞ。
そのはずだ。父親は、おまえを信じている。

次男の達成を、心から祝福してやろう。

おまえは、素晴らしい人間だよ!!

それを、早く伝えたいよ。

2017年2月2日木曜日

自分の弱さに向き合う生き方

前回の記事「自信の回復」は読者の皆さんから多くの反響をいただきました。
私が自信を失った話が、ショックだったようです。

> 先生、大丈夫ですか?

という心配の声だったり、

> 先生でも失敗するなんて、意外です。

という驚きの声もありました。

> 前回の週間レポートを読んで、
> 田村先生が失敗する、自信を失うことがあるのか…と少々驚きました。
> もちろん、100%完全な人間はおりませんが…

> 田村先生のレポートにある「自信を失ったことと、その後の対応」は、
> やはり心理の専門家である田村先生ならではのアプローチと思いました。
>ふつうなら、自信の喪失による心理的ダメージのなかで、どのように対応
> していけばよいのか、それを見つけることはむずかしいです。

実は、このように自分の弱さを自己開示することが、私の自信喪失のリカバリーの方法なんです。

人は誰でも不完全な部分を持っています。それは、当然のことでしょう。
でも、それをあえて人には言いません。
自分の失敗や欠点は隠して、他人には見せないし、自分でも見ないようにします。
それをオープンにして人に見せることは、とても怖く、抵抗を感じます。

自分の弱さは、他人には見せません。
自分は「良き人、強い人」と思っていたいものです。
他人には自分の良い面を見せます。
人から良く見られたいために、人からの信頼を得るために、自分を高く売るために。

特に、私は「先生」をやっています。
精神科医の先生だし、以前は大学の先生もやっていました。
先生というのは先を行く人、尊敬される人、信頼される人です。
相手から信頼されることで、私の仕事は成り立っています。
私の学生や患者さんからすれば、先生の失敗の話など聞きたくないでしょう。

> 先生が失敗したなんて、言ってほしくなかったです。

先生にはしっかり、強くいてくれないと、信頼も尊敬もできません。
頼っている先生が、「自分が弱い」なんて言い出したら、不安になります。

自分自身でも、失敗や弱さは見たくありません。
自分のダメさを受け止めると、自信を失います。
自尊心が下がると、物事をすべてマイナスに捉えてしまい、とても生きにくくなります。
精神的なダメージを避けるために、自分の弱さは否認します。

私も、若い頃はそうしていました。
自分の良い面を人には見せて、不完全な部分は隠していました。
自分は「強い人である」と思い込んでいました。

でも、それを覆す体験を20年ほど前に得ました。
私が30代後半の頃、ローマに渡り、イタリアの有名な家族療法家、マウリッチオ・アンドルフィが主宰する2週間の集中研修に参加しました。世界中から彼を尊敬する家族療法家たち15名ほどが集まり、カウンセラーとして必要な感性を磨きます。
普段、人には言えないような本音(弱さや欠点)を開示して、悲しみや不安・恐れなどの気持ちを表出します。
当時、私は自分のことを強い人間だと自認していたので、なぜ、他の参加者たちが、皆の前で泣くのかよく理解できませんでした。
自分は悩みも弱さも持っていないし、そんなことをする必要はないと達観していました。

ところが研修の最後日に、マウリッチオが自分自身の体験を語り出し、泣き崩れてしまいました。
彼は、ちょうどその頃、長年連れ添った夫婦関係が破たんする寸前であったと、後で知りました。
私はとても驚きました。
先生が、生徒たちの前で自分のナイーブな弱さを見せるなんて!
高名な先生であっても、本当は情緒的に弱い人だったんだ。
ついに壊れてしまったか、、、
とても残念に思いました。

しかし、彼は全く壊れていませんでした。
その直後の晩餐会では、普段の彼に戻り、陽気に振る舞っています。
泣き崩れる彼と陽気な彼の落差を理解できませんでした。
その後、この体験を反芻して、次のように考えました。

彼は他人に弱さを見せても平気な人なんだ。
自分の弱さを受けれていて、それを弟子たちにも見せることが出来る。
他者に依存したり、助けを求めるために弱さを見せているわけではない。
自分で感情を処理するために、あえて感情を表出しているんだ。
弱さを抱えてはいるが、弱い人ではない。十分自信を持っている人だ。
それが本当の強さなのだということを理解しました。

これは、私の30代後半の体験です。
大学の職を得て、子どもが生まれ、教員として父親としての自信を深めたいと願っていた人生の転換期でした。
マウリッチオとの体験は、安全にプライドを崩していく作業だったのかもしれません。

若い頃は、一生懸命、自分の鎧を作ってきました。
成長する中で、身体と頭と心を鍛え、強くして、人生のハードルを越えて、良い人間になろうと努力してきました。
当時は、弱さを認める余裕はありませんでした。

人生の半ばを過ぎ、それまでに得てきたものを多少は崩しても大丈夫という自信が根底にあったから、マウリッチオの強さを見出すことができました。

弱さや失敗を否認していたら、そこに手を加えることはできません。
自分の陰の部分に光を当て、修復するためには、まずその部分に立ち入らねばなりません。
それはとても勇気がいることです。一人では困難です。
カウンセラーは、そこに寄り添います。

ローマでの体験の後、私は、よく学生たちの前で泣いたり、感情を表現するようになりました。妻を亡くした時も、授業でたくさん泣きました。ちょうど「家族関係学」という授業を担当していたので、自分の家族のことをよく題材していました。
先生が泣き出して、弱虫先生と批判した男子学生や、
悲しみの感情に耐えられず、もらい泣きする女子学生がいる中で、
「先生の感情に触れて良かった」という感想を漏らした学生もいました。

人間の本当の強さとは何でしょうか?
強さに固執して弱さを隠すことは、弱さにつながります。

●自分の強さを認め、弱さも同様に認められること。
●安心して、自分の弱さを受け入れること。
弱い部分があるからといって、その人の価値が下がるわけではありません。
それが、本当の強さだと、私は考えています。

2017年1月25日水曜日

親が自信を回復して、子どもがひきこもりから脱出した例

いずみさん(仮名、女性)は、息子のひきこもりについて相談にいらっしゃいました。

大学生のA君は就職活動を目前に、立ち止まってしまっています。
中学までは成績優秀でスポーツも頑張り、元気でなんの問題もありませんでした。
高校は進学校に進み、優秀なクラスメイトの中で、うまく友だちが作れず、クラブ活動でのいざこざが原因で、3ヶ月ほど学校を休みました。しかし、その後は持ち直して、大学に進学できました。
大学1-2年生の頃は良かったのですが、3年生の後半になると就職への準備が始まります。1-2年生は大教室での講義を聞くだけの授業でしたが、3年生からはゼミの研究室に配属され、先生や仲間の前で発言するのがとても緊張します。4年生になっても、授業に出れず、あとわずかの単位を取得できないと、卒業できません。仲間は就職活動を始めていますが、A君はエントリーシートが書けず、何もできないまま外に出られずにいました。
母親のいずみさんも、A君に何を言ってもイライラしてイヤな顔をするので、何も言えません。業を煮やした父親がA君に「いったいどうするつもりなんだ?」ときつく言ってから大喧嘩になり、以来A君はリビングにも顔を出さなくなりました。

いずみさんは、友だちの勧めで私のところに相談にいらっしゃいましたが、本当はあまり来たくありませんでした。いずみさんは、自分は母親失格だとおっしゃいます。夫は仕事が忙しく、家庭はほとんど顧みない人です。ふたりの子どもの子育ては母親の責任なのに、息子がひきこもってしまったのはすべて母親であるいずみさんの責任だと感じて、落ち込んでしまい、食欲もなく、夜もよく眠れません。「うつ」に近い状態でした。

いずみさんは、とても聡明で思慮深い女性です。しかし、覇気がなく、自分の考えややることすべてに自信を持てません。
夫婦仲もうまくいきません。社内恋愛で夫から熱心に求愛されて結婚したものの、活発で社交的な夫にはついていけません。A君が高校に行けなくなった時、子どものことを相談しても、夫はいずみさんの考えすぎだからと、話をよく聞いてくれませんでした。今回も、夫に言うと息子を叱ってしまい、かえって状況は悪くなります。だから、今回のA君のことも、あまり詳しくは夫に伝えていません。
いずみさんは、人に打ち明けたり、相談することがとても苦手でした。それは、いずみさんの子ども時代にまでさかのぼります。いずみさんにはとても優秀な兄がいました。兄は家族やまわりの人たちの注目を集め、いずみさんは兄の陰で小さくなっていました。親はいつも兄のことを構って、いずみさん自身はあまり構われた思い出がありませんでした。その兄は目指していた大学受験に失敗してから反抗期が始まり、それまでとても良かった親と兄との関係が悪くなりました。その中で、妹のいずみさんは小さくなって嵐が過ぎ去るのを耐えていました。
結婚して母親になった今でも、他人に対してはっきり自分の意見を主張する経験がほとんどありません。娘は親が何も言わなくても元気に活動しています。しかし、いずみさんの兄の経験もあり、親は息子にどう接したらよいのかわからなくなってしまいました。

私は、いずみさんにいくつかのことを提案しました。

  1. 息子のひきこもりは母親の責任ではないことを、強調しました。もちろん、思春期の子どもの成長に、親の影響は少なくありません。しかし、親が自分の失敗だと落ち込んでいると、戸惑っている子どもに何も関わることが出来なくなります。大切なことは、過去を反省するよりも、これから何ができるのかを具体的に考えることです。
  2. 本人をカウンセリングに誘うように提案しました。今まで、いずみさんがこちらに相談に来ていることも、A君には伝えていません。そんなことを言ったら「余計なことをするな!」と怒り出すのが怖かったからです。私からは、失敗してもいいから、母親からA君に働きかけてみるように強く勧めました。
  3. ご主人と夫婦で相談に来るように提案しました。しかし、いずみさんはあまり乗り気ではありません。夫は仕事が忙しく、一緒に相談に行こうと言ってもOKしてくれるか自信がありません。それに夫はソトヅラが良く先生の前では立派なことを言うと思います。でも家に帰ると何もやってくれません。それに、いずみさんは夫と話し合っても、いつも言い負かされて、結局は夫の思い通りになってしまうので、本当は夫とはあまり話し合いたくないという気持ちです。私はいずみさんのその気持ちを良く受け止めました。いずみさんのおかれた状況であれば、そう感じるのも当然でしょう。いずみさんは、最後に、でも頑張って夫を誘ってみますと決心してくれました。
  4. ご夫婦で話し合う時間を確保するように提案しました。相談にいらしたご主人は、いずみさんの語るご主人像とは異なり、家族のことを心配する優しい方でした。彼もA君のことでは悩んでいました。しかし、母親と父親で考え方が異なります。父親はA君にもっと働きかけるべきと考え、母親は悩んでいるA君を刺激せずに、自ら動き出すまでそっとしておいたほうが良いと考えます。そのことを夫婦で十分に話し合う時間も持てず、仕事で家族と接する時間が限られているので、普段接することが多い妻に子どもたちのことは任せざるを得ません。しかし、夫婦仲が悪いわけではありません。単によく話し合う時間とその動機づけが足りないだけでした。
     私からは夫婦だけの時間を確保するように、そして夫からいずみさんを誘い出すように提案しました。幸い、おふたりともお酒が好きで、子どもが生まれる前は、よく近所の居酒屋に飲みに行っていたそうです。その習慣を再開するように提案すると、いずみさんはイヤな気持ちになりました。また夫が飲み過ぎて調子に乗り、まわりの人に迷惑をかけ、恥ずかしい思いをするからです。夫も、嫌がる妻を説得してまで行きたくありませんでした。しかし、先生からのアドバイスならやってみますと、ご主人は乗り気でした。
  5. いずみさんに「ひきこもり脱出講座」に参加するよう提案しました。いずみさんは人前で話すことが苦手です。この講座が参加者同士の交流もあるということをお伝えすると、参加したくないと尻込みされましたが、私の方から強くお勧めしました。

 その後、いずみさんはみるみるうちに親としての自信を回復されました。そして、A君のひきこもりも解決しました。

 「ひきこもり脱出講座」で、当初いずみさんは自分の気持ちを語ることが出来ず、自分の順番が回ってきてもパスしていました。他の参加者たちの話を聞いているうちに、A君ととても似ている家庭が多いことに気づきました。今までは、こんなに悩んでいるのは私だけだと思い込んでいましたが、実はそうではなかった、同じような悩みを抱えている人たちの話を聴けて、気持ちがとても軽くなりました。講座は3週間おきに6回シリーズです。前半はもっぱら聞き役だったいずみさんも徐々に元気を取り戻し、後半には自ら進んで気持ちを語るようになりました。

 いずみさんはご主人と共に相談にいらっしゃいました。父親はA君のことを心配しつつ、父親は何ができるかわからずにいましたが、父親からの働きかけも大切であることを私からお伝えし、いずみさんも夫が関わってくれると助かると言いました。父親は、会社で人事を担当している昔からの友人に相談して、A君を会わせるようセッティングしました。

 A君も相談にやってきました。始めは、親に説得されてきただけで何も話すことがないと言っていましたが、回を重ねるにつれて、前に進みたいけど怖くて動けないこと、すぐ怒り出す父親が大嫌いで、ウジウジしている母親を見るとムカつくことなど、A君の本音をよく語ってくれるようになりました。

そして、ついにいづみさんは息子のA君に対して、今までやらなかったような関わりを達成できました。
「今のままではダメでしょ。しっかり大学に行き、就職活動もやりなさい!」
今まで、そこまで息子に伝える自信がありませんでした。イラついて、文句を言うA君に太刀打ち出来ず、気持ちを引っ込めていました。母親から突然そう言われたA君は何も言わず、黙っていました。そして、その翌週から大学に行くようになりました。そして、A君はそれまで避けていた大学の就職課に行って情報を集めることもできるようになりました。いくつかの失敗の後に、無事に就職先が見つかり、卒業して、社会に巣立っていきました。

さて、以上の話をまとめてみましょう。
これは、前に進む自信を失っている息子に対して、親が自信を回復して子どもに前に進むためのエネルギーを与えることが出来た事例です。いくつかのポイントがあります。


  1. いずみさんは、今まで胸の内にしまっておいた息子のこと、そして夫婦のことや実家でのことを相談できました。始めは家の恥は話したくないと躊躇されていましたが、私に語ることができました。そして、ひきこもり脱出講座の中で、他の参加者たちにも自分の気持ちを開くことが出来ました。そのことだけで、いずみさんはだいぶ自信を回復できました。
  2. いずみさんが子どもに関わる自信を失った経緯について整理できました。息子に言うべきことをはっきり言えなかった背景には、1)夫のパワーに圧倒され、夫に言いたいことを言えなかったこと、2)息子の問題は母親のせいだと思い込み、自分を責めていたこと、3)子どもの頃は一番下のきょうだいとして兄の陰に隠れ、親から構ってもらえず、おとなしく周りに従っていたこと。これらのことが関係しているんだということにいずみさんは気づきました。
  3. 私の方から具体的なアドバイスをお伝えしました。
  4. そして、いずみさんは認めてくれる人を得ました。
    a) まず、カウンセラーである私がいずみさんの努力をよく労いました。
    b) そして夫さんもいずみさんの気持ちを深く理解できました。もともと仲の良い夫婦で、妻の気持ちも理解はしていたのですが、夫は忙しく、妻にそのことを伝えるチャンスが得られませんでした。今回、夫婦ふたりの時間を持つようになったおかげで、夫の気持ちを妻に伝え、妻の気持ちも夫に伝えることができました。
    c) また、「ひきこもり脱出講座」の参加者たちがいずみさんを支えてくれました。参加者たちはみな同じような経験を持つ当事者たちです。私にはできない、同じ目線からお互いの気持ちを理解し合うことが出来ます。そのことが、いずみさんの気持ちをとても楽にしました。

2017年1月20日金曜日

自信の回復


新しい年を迎え、私の今年の目標は

「自信回復」

にしました。

それは、私自身のことでもあり、クライエントさんを支援する目標でもあります。

まず私自身のことをご紹介します。

昨年、私は自信を失いました。

私は診察の他にも、学会の仕事をしています。
昨年の後半に、今まで長い間、なにげなく普通にこなしてきた仕事を大失敗してしまいました。
その時は、いったい何が起きてしまったのかよく理解できず、相手方の問題だろうと思っていたのですが、落ち着いてよく振り返ってみると、どうも自分に問題があったことが見えてきました。

なぜ、私はあんな失敗をしてしまったのだろう?
後から考えてもよくわかりません。
とても、自信を失ってしまいました。

自分は仕事をこなす能力がなかったのかしら?
なぜ、今まで普通にこなしていたんだろう?まぐれだったのだろうか?
本当は何もわかっていなかったのかもしれない?
自分は学者に値しない人間なのかもしれない。
いや、医者としても、社会人としても、ダメな人間なのかもしれない。。。

そんな疑問が頭の中をくるくる回り始めました。
すると、今まで当然こなしていた仕事ができなくなります。
やろうとしても、立ち止まり、前に進められなくなりました。

今までは、自分に自信があるか否かなどと考えもしませんでした。
自信を失ってみて、今まではそれなりに自信があったのだということに気づきました。
でも、それは上辺だけの自信だったのでしょう。

自信があれば、困難に向き合い、なんとか前に進むことができます。
自信を失うと、単純なことでさえ遂行できなくなります。

---

クライエントの方々も、同じような状況にあります。
自信を失い、立ち止まってしまいます。

思春期は、厳しい成長の坂を登っていかねばなりません。
時に若者たちは、人々と交わり、前に進む自信を失い、立ち止まり、ひきこもります。

その親も、子どもに接する自信を失い、何も言えなくなります。
子どもにどう接したらよいのか、何と言ったらよいかわからなくなります。
その結果、腫れ物に触れるように、子どもに接して、家族のコミュニケーションを失ってしまいます。

若者がガス欠になり、前に進めなくなった時は、前に進むためのガソリンを補給しなくてはなりません。
自分自身で鼓舞したり、
まわりの人からプラスのエネルギーを補充します。
親のエネルギーは、特に大切です。

しかし、自信を失った親はそれができなくなります。
今、親が何かを言うと、子どもにとって悪い結果になるのではないか、
下手に口を出すと、子どもを傷つけ、自分の部屋に完全に閉じこもってしまうのではないか、
親と全く口をきかなくなるのではないか、、、
と心配します。

親の自信喪失の根底には、失敗体験が隠されています。
親として、失敗してしまった。
うまく関わる自信がない。
そのようなマイナスの体験を引きずっています。

たとえば、ひきこもり始めたころ、親の心配やイライラを子どもにぶつけてしまいました。
不安やイライラは、マイナスのエネルギーです。
子どもは、プラスのエネルギーがあると前に進めますが、マイナスのエネルギーが注入されると、かえって悪くなってしまいます。
その結果、親が何を言っても効果がないどころか、かえって状況が悪くなり、親は何も言ってもダメだと自信を失い、何もできなくなってしまいます。

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私の話に戻しましょう。
私は、昨年失った自信を、今、回復しようともがいています。
恥を忍んで、その具体的な過程をご紹介します。

第一に、失敗したことを、私のスーパーヴァイザーに相談しました

カウンセラーは、定期的に先輩格のカウンセラーに会い、難しい仕事やクライエントのことを相談します。これをスーパーヴィジョンと言います。

私のスーパーヴァイザーは私の失敗談を批判せず、丁寧に聞いてくれます。話しているうちに、今まで気づかなかった側面が見えてきました。

第二に、問題を整理しました
スーパーヴァイザーは黙って聞いているだけではなく、具体的にアドバイスしてくれます。
今までのプランAばかりでなく、こういう手もあるよと、プランBやプランCを提示してくれます。
私も、プランBやCも知ってはいました。でも自分には使えないなと思い込んでいました。改めて他者から指摘されると、思い切って試してみようかという気持ちになります。

第三に、失敗した仕事に、再びに挑戦しました。
プランBは慣れていないので、はじめかなり勇気が必要でした。
とりあえず、やるべきことはやりました。でも本当にこれで良かったのかどうか、まだ結果が出ていないのでわかりません。

第四に、それをまたスーパーヴァイザーに持ち帰り、やり方を検討します
これはまだやっていません。これからの仕事です。
これで良かったのか、良くなかったのか、自分だけではどうにも判断できません。
というか、「これで良いよ」と自分で認める自信もないので、誰かからそう言ってもらいたいのかもしれません。

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さて、子どもに関わる親は、どうやって自信を取り戻すのでしょうか?

どうやって、腫れ物扱いではなく、自信を持って子どもに関わるようになれるのでしょう?

1)まず、そのことを自分だけの胸の内にしまっておかず、誰かによく話します。
心の中にしまっておいたら、解決の糸口を見出せません。
まず、外に出すことです。
誰かと話している中で、自分でも気がつかなかったことが見えます。

2)なぜ自信を失ったのか整理します。
よく話し合っていると、自信を失った背景が見えてきます。

今回の失敗の背後には、過去の失敗体験が隠れていたりします。
たとえば、子どもが小さかった頃の失敗体験、
夫婦間で意見が違うためにうまく関われない、
親自身の子ども時代の体験、、、などなどです。
そのようなことが見つかると、ああ、だから私はこう考えていたんだと、過去と現在が繋がります。
今までわからなかったことにガッテンがゆき、気持ちが楽になります。

3)具体的な指針・アドバイスを求めます。
今までのプランAとは異なる、プランBやプランCを見出します。
ひとりでふだん接していると、違うやり方がなかなか見つかりません。
プランAがうまくいかないと、まだ不十分だからもっとやらなければと、さらに強度を上げてプランAAをやってしまいます。

そういうときは、思い切って別のやり方が有効です。
そのためにも、ひとりで取り組まず、別の意見を取り入れます。

4)そして、認めてくれる人が必要です。
本当に、これで良かったのでしょうか?

子ども自身もよくわかりません。
親としても、こう関わってしまって、良かったのか、わかりません。

本人だけでは判断できません。まわりから見てどうだったのか、という意見が必要です。

子どもは、親に認められます。
親も、これで良いんだよと認めてくれる誰かが必要です。

親にとって、一番大切なことは、あきらめずに、子どもに関わり続けることです。
そう簡単に成功体験は得られません。
何度も失敗した末に、成功します。
就職活動と同じです。

失敗したら、多少、軌道修正して、また挑戦します。
それを、何度も、成功するまで繰り返します。

しかし、これをやり続けることは、相当なエネルギーが必要です。
ひとりだけで親役割を遂行しようとしても、途中でめげて、やる気を失ってしまいます。

もう、私はなにもできない。。。
もう、勝手にしろ。オレは知らん、、、

そのような時は、親自身を支えてくれる誰かを求めます。

2017年1月12日木曜日

私自身の幸せ論

みなさんは、ふだん、自分は幸せだなぁと感じているでしょうか?
あるいは、その逆に自分は不幸だ、幸せでないと感じているでしょうか?

多分、そんなことは考える余裕もなく、毎日を過ごしていらっしゃるのではないかと思います。
私自身も同様です。自分が幸せか、幸せでないかなんて、考えても仕方がない、そんなこと思ってもいない。細かい悩みや問題はたくさんあるけど、とりあえず衣食住に困らず、ふつうに生活しているから、不幸とは言えないだろう、くらいに思っています。

普段の忙しさから解放されたお正月休みに、私にとっての幸せってなんだろうと考えてみました。

私の話の前に、興味ある調査研究をひとつご紹介します。
ハーバード大学では、700名以上の人生を生い立ちから老年期まで75年間の長い間、追跡調査して、人の幸せに最も貢献しているのかを明らかにしました。その内容は下記のサイトをご参照ください。

https://www.ted.com/talks/robert_waldinger_what_makes_a_good_life_lessons_from_the_longest_study_on_happiness/transcript?language=ja#t-562180

この研究では、一体なにが人々に幸せをもたらすのかについて明らかにしています。
その答えはとてもシンプルです。

富や名声ではありません。
私たちを幸福にする最も大きな要因は、良い人間関係を築いているかということです。
それも、量より質が大切です。多くの人々と関係を持っていることよりも、数は少なくとも親密な良い関係が一番大切です。

大切な人との人間関係は心ばかりでなく身体の健康にも良い影響を与えます。
家族、パートナー、 友達など、大切な人と深く、肯定的に繋がっている人ほど幸せを感じるばかりでなく、身体も健康で、より長生きします。

その逆に、孤独は心と身体の健康に害を及ぼします。幸せを感じられなくなるばかりでなく、脳の衰えが早まり、寿命が短くなります。
---

科学者や芸術家たちは、幸せについてさまざまな思考を巡らせています。「幸福」に関する書物はたくさんあります。
しかし、「幸せ感」はあくまでその人自身が抱く主観的な感覚です。
有名な人の考えや研究は参考にはなりますが、結局、自分の幸せ感は何なのかということを各人が見出さねばなりません。様々な考え方・感じ方があるでしょう。

私が、一番幸せを感じるのはどういうときか、考えてみました。
私の考えは、上の研究によく似ています。

私にとっての幸せとは、、、一言でいえば、関係性です。

大切な人がそばにいて、その人が小さな幸せを達成した時、そしてその幸せに自分が多少でも貢献できた時に、私は大きな幸せを感じます。

ここでは、「小さな幸せ」と書きました。
それは、日常の些細なことでも構いません。
今までよりも少しだけ良い方向へ変化することです。

たとえば、入学試験や就職活動が上手くいった時など、とても大きな喜びを感じます。
でも、その学校や会社に居る間、ずっと幸せを感じているわけではありません。そ
れが当たり前になるからです。

同様に、結婚する時、とても大きな幸せを得ます。
しかし結婚生活を続けていることは、幸せより、むしろ苦労が多いものです。
関係がうまくいっているラッキーな夫婦は、日常生活の中に小さな幸せを見つけるでしょう。
大切な人を亡くした時も同様です。
喪失の深い悲しみは、一緒に居た時が幸せだったという思いの裏返しです。
その幸せを失うと、悲しいのです。

先日、娘の成人式がありました。娘の成長した振袖姿に、私は思わず涙してしまいました。
日常生活では見失っていた娘の成長を、振袖姿で確認できた幸せの涙でした。

昨年亡くなった私の父親は終末期を家庭で過ごしました。いわゆる在宅ホスピスです。
不治の病が戻らないことは父自身も理解していました。
在宅入浴サービスを利用して、久しぶりにお風呂に入りました。
「はぁぁ、気持ち良いなぁ」
とほっとした父の幸せの一言が、私や家族を幸せにしました。

私が6年前に大学を早期にやめて、開業した理由のひとつが、フルタイムの臨床医としてもっと多くの人たちを支援したいと思いました。
大学で教えるよりも、精神科医の方が私自身の特性を生かして人々の幸せに直接貢献できると考えました。

クライエントさんたちは、悩みや問題を携えて相談にやってきます。
それは、自分自身の問題であったり、大切な家族の問題であったり、様々です。
そのような方々と、まず私は安全な関係性を築きます。
クライエントさんにとって私が大切な人になれるよう、私の気持ちを注ぎます。
クライエントさんとの関係性をしっかり作ること自体が、私の小さな幸せのひとつです。

そして、私が関わらせていただく中で、クライエントさんの問題に良い変化が起きた時、
私はもっと幸せになります。
それは、根本の問題が解決した大きな変化であったり、
あるいは根本の問題はそのままだけど、少しだけ状況が前に向かう小さな変化だったりします。
はじめ悲壮な表情でいらした方が、何回かお会いする中で、微笑みを浮かべて帰られるようになった時に、私は支援者としての幸せを感じます。

関係性は両刃の剣です。
幸せの源泉になることも、不幸の源泉に成ることもあります。
関係性のために苦しみ、健康を損ねたり、命を奪われることさえあります。

関係性が閉ざされた状態が孤独です。
関係性の痛みを回避するために、人との関わりを閉ざすのがひきこもりです。

孤独は健康に大きな害を及ぼします。
心や身体の健康を損ね、命を縮めます。

孤独に比べると、大切な人のために悩んだとしても、関係を持てるということ自体が幸せの芽なのかもしれません。
関係の力を使って、マイナスをプラスに転換できる可能性を秘めています。そのお手伝いをさせていただくのが私の幸せです。
家族に問題が起きなければ、それほど関わる必要のなかった家族(親子や夫婦)が一緒に相談に来ることは、たとえその内容が不幸につながることであっても、真剣に語り合うこと自体は小さな幸せなのかもしれません。

2017年1月6日金曜日

私自身の子育て論

私には子どもが3人います。
長男は22歳で大学院1年生、長女が20歳の大学2年生、次男が18歳の高校3年生です。
三人とも、成功と失敗を繰り返しながら、それぞれの道を前に進めだり、立ち止まったりしています。

長男は昨年の就職活動が思い通りにいかず、次善の策として大学院に進みました。
彼は4年前の大学受験も第一志望が叶わず、浪人するか悩んだ末に、浪人せずに第二志望の大学に進みました。

長女は日本の高校を卒業した後に、海外の大学で学んでいます。果敢に挑戦したのは良かったのですが、異文化の中で勉強も友人関係も思うようにいかず、悩みが絶えません。
親にとっての幸いは、困ったことがあると、インターネットを通じて父親の私に連絡してきます。海外にいる娘との距離が一番遠いのですが、心理的な距離は一番近いです。
息子二人は距離的には近いのですが、親とは会話したがらず、気持ちの距離は遠いです。

次男は大学受験生です。
著書「ひきこもり脱出支援マニュアル」のあとがきにも書きましたが、私は親としてこの子が一番心配です。
自信を持って自分の道を選べるだろうか。
その道を歩んで、幸せをつかめるのだろうか。

親が子どもを心配するのは、子どもの力を信じていないからです。
過剰に心配せずに、子どもの底力をを信じなさい!

これは、私がよくクライエントご家族にお伝えするセリフです。
人さまの家族のことは客観的な視点からアドバイスできるのですが、自分の家族のこととなると理屈が役に立ちません。
頭では理解しても、気持ちがいうことをきかず、どうしても心配してしまいます。
逆に言えば、私自身が子どもを見つめる不安や葛藤をとおして、クライエントご家族のお気持ちに共感しているのだと思います。

ふだん家を離れて生活している上の二人も年末年始には帰省し、久しぶりに子どもたち3人が揃いました。
しかし、それも束の間、長男は昨日旅立ってゆきました。
再び3人が揃うのは早くても一年後でしょう。

〜〜〜

進学や就職、学校への適応、友人関係、、、。
青年期は誰でも試行錯誤の繰り返しです。
成功して、自分の思い通りの道、そして家族の期待に叶う道を進む経験をしたり、
失敗して、思い通りの道が閉ざされたり、まわりから否定的に評価され、ショックで自信を失ったり。
その度に、親は安心したり、心配したり。
親である私自身の気持ちも荒波の小舟のように大きく揺れます。

父親の私は、成長しつつある子どもたちに何ができるんだろう?
父親として子どもにどう関わり、どう育てようとしているんだろう?

改めて自問しても、はっきりと答えられません。
親は、子どものことを思えば思うほど、どうしてよいかわからなくなり、悩みます。

敢えて、考えてみました。私が父親として心がけていることは何だろうか?

〇親の期待は押し付けない。
よく「先生のお子さんもお医者さんの道を進むのですか?」と知人から尋ねられます。
3人とも医者や医療系とは全く別の道を進んでします。
医者は社会的に認められ、収入も良く、とても良い職業とされています。
私の友人医師たちの多くも、子どもに同じ道を勧めます。
私としても、子どもたちが自分と同じ道を進んでくれたら、きっと嬉しいと思います。
しかし、私は敢えてそのことは触れないようにしてきました。
子どもたちには、幸せになってほしいと強く期待しています。
しかし、子どもたちがどの道を選択するかは、本人に決めさせたいと思います。

その根底には、私と私の父親との関係があります。
私の父親も、そのように私に接していたと思います。
子どもの将来を期待してくれましたが、具体的な道は示しませんでした。
中学・高校生の頃、私は将来どうするか、悩みながらどうにか自分自身で答えを出そうとしていたと思います。
自分で決めたい。親にはさしずされたくない。
自分の意思決定に自信はありませんでしたが、親に決めてもらいたくない。
今から考えれば矛盾していますが、そんな風に思っていました。

〇放置してはいけない。
親の期待を押し付けない
ということは、
親が子どもに期待しない
ということではありません。

君の自由にしなさい。なんでも好きなことをやれば良い。

という言い方は、良さそうにも思えますが、そうではありません。
目を離してしまったら、それは「放置」になります。
子どもが自分の力で試行錯誤する様子を、しっかり見守りたいと思います。

私は大学時代にアメリカン・フットボールをやっていました。
アメフトはルールがわかりにくいとよく言われますが、ひとつのプレーが短く、頻繁に作戦タイムがあります。
通常は、選手たちが円陣を組み、次のプレイを決めますが、サイドラインにいるコーチから伝令を飛ばすことも可能です。
プレーコールの度に、頻繁にコーチから指示が来ると、選手たちは自分の意思でプレイできず、やる気を失います。
かといって、コーチが知らん顔をして自分たちのゲームを見てくれていないと、選手たちは不安になります。
自分で進む力があるときは、自分の力を試したい。
しかし、どうしようもなく行き詰ったらコーチの力を借りたい。
アメフトの選手として、そんな気持ちでした。

〇承認を与える。
第一・第二志望に失敗して、第三志望に合格したり。
成績がAやCではなくBであったり。
100%の成功ではなく成功と失敗が半分ずつといった状況に若者たちはよく遭遇します。
例えば「7割の達成」を成功とみなすべきか、失敗とみなすべきか、当事者である若者はよくわかりません。
そのような時は、敢えて「7割でも、成功だよ!」と親から最大の承認を与えます。
そのようにして新たな体験に「成功」というラベルを付与することができます。
成功体験によって自信を獲得して、次も挑戦できるという希望とやる気につながります。

〇安全基地を提供する。
アメフトの試合では、敵に攻め込まれ、打つ手がなくなることが時々あります。
何をやってもうまく行かず、頭の中が真っ白になります。
軽いパニック状態です。
そのような時は、タイムアウトをとり、いったん休憩して水分を補給します。
そして、コーチからの指示を得ます。
進む方向を見失ったときは、コーチからの一言が頼りです。何でもよいから、とりあえず進むべき指針を求めます。

子どもたちが強気でがんばっている時、私はそのやり方に疑問を持っても、敢えて口を挟まず見守ります。人生経験の豊富な親から見れば、もっと効率良いやり方があるだろうと口を出したくなるのですが、敢えて黙っています。
しかし、失敗が重なり、やる気を失った時は、「今まで頑張って来たから、少し休みなさい」とアドバイスします。
ここで休んでしまうと、二度と復帰できなくなるのではと、子どもは心配します。その時は、「そんなことはない、休憩して力を蓄えたら、また頑張れるよ」と安心を与えます。

私は、このようにして、子どもたちに接したいと思っています。
しかし、それと同時に、綺麗ごとを書いているようで、どうもしっくりきません。
理屈では上記のとおりなのですが、実際にはそううまくはいきません。
子どもたちに言わせれば、多分、「パパは子どもに任せるとか言って、ほったらかしでしょ!」と言われそうな気がします。(現に、娘からよく言われています:笑)

親は子どもにどう関わるのか。

親が子どもに何をできるのか。

考えれば、考えるほど親のあり方は難しいものだと、改めて実感します。