2014年4月2日水曜日

めまいが止まらない70代の女性

Aさんは70代の女性。40代の息子さんと一緒に住んでいます。

外に出るとふらつくので、倒れるのではないかと怖くて、ひとりでは外に出られません。本当はひとりで出歩いて習い事をしたり、自由に買い物などをしたいのだけど、誰かと一緒に出ないと、倒れたときに誰もいないので怖くなります。やがて自分の死を迎えることを考えると怖くなる、ということで相談にやってきました。自らは相談しようとは思いませんでしたが、習い事の先生から勧められて、思い切って相談に来てみました。

Aさんは、豪商の家庭に生まれ、裕福な家庭でのんびり育ってきました。欲しいものは何でも買い与えられ、家の中でわがままで育ってきたと思います。
恵まれた結婚をしました。10歳離れた夫は著名な学者で、一流の大学で教えていました。結婚当初はなにひとつ不自由することなく、3人の子どもを授かりました。しかし、その夫とは子どもたちが幼い頃に離婚しました。夫は努力家で、学者という立派な地位を持ち、社会的には成功しましたが、家のことは無関心で、休みの日にはほとんどゴルフに出かけて、子どもたちの世話をすることはありませんでした。しかしそれが離婚の原因ではありません。一番大きかったのは夫の母親とうまくいかなかったことです。同居していた義母とはうまくいかず、夫に助けを求めたのですが、夫はいつも自分の母親の味方をして、妻であるAさんを支えてくれませんでした。別れた夫はその後再婚し、今は認知症が進行して養護施設で生活していると聞きます。

それでも、子どもたちは立派に成長しました。3人とも有名大学に進学し、上のふたりはそれぞれの家庭を築いています。孫たちの顔も見せてくれました。気がかりなのは末の次男です。40代ですが独身のままでAさんと同居しています。仕事で多忙だし、家のことは何もできないので、母親であるAさんが身の回りの世話をすべてみています。とても優しい息子ですが、将来、独り身のままでどうなるのかが心配です。

15年ほど前にAさんの母親がガンでなくなりました。それがとてもショックで当時はずっと泣いていました。Aさんは離婚してから、母親がずっと面倒を見てくれていました。母親を亡くし、どう生きていったらよいかわからず、また自分自身の死についてもとても怖くなりました。そのころから体調が思わしくなくなり、いろいろな病気にかかり、内科や耳鼻科、眼科、脳外科など、たくさんの医者にかかりましたが、ふらつきは一向に良くなりません。精神科の先生とももう10年以上のつきあいです。先生からはうつ病や自律神経失調症ではなく、不安症候群と言われました。ホルモンを調べても、脳のCTをとっても異常はみつかりません。精神安定剤をずっと飲んでいるのですが、自分に薬が合っていないようで、飲めば気持ちは落ち着くのですが、ふらつきと目まいはぜんぜん治りません。でも先生は「必ず治るから、ゆっくり治してゆきましょう」といつも言います。

以上が、Aさんの様子です。
Aさんの心の健康をどう理解したらよいのでしょうか。

Aさんは、ずっと精神科にかかり、薬を飲んでいます。不安神経症という病名はついているので、精神的な病気ではあるのですが、病気というよりむしろ生き方の問題と考えたほうが良さそうです。
生き方の「問題」というのも語弊があるかもしれません。むしろ、生き方そのものです。

Aさんは恵まれた家庭に生まれ育ち、わがままに育ってきました。それが悪いということではありません。そのような環境の中で、立派な男性と結婚して、立派な子どもたちを育て、ひとりの女性として尊厳のある生き方をしてきました。

しかし、人生には様々な困難があります。今の世の中では離婚も社会的に認められるようになりましたが、Aさんが離婚した時代には、離婚=結婚の失敗と考えられていたでしょう。Aさんはそんな逆境にも耐え、自分を大切に愛してくれた母親の喪失にも耐えてきました。

その後、体調を崩し、めまいとふらつきがどうしても治りません。私は、むしろめまいとふらつきの症状は治らない方が良いと思います。もし、治ってすっかり元気になってしまったら、医者の支援を受けることもなく、子どもたちも母親のことをそれほど気にせず、ほって置かれてしまいます。そうすると、Aさんはますます孤独に陥ります。Aさんは、症状に悩みながらも、なんとか習い事をこなし、子どもが付き添ってくれれば買い物や外出を楽しむこともできます。Aさんの人生は健康問題を抱えながらも十分に幸せであると思います。しかし、自分が幸せと言ってしまうとまわりからの同情と支えを失ってしまうかもしれません。子どもたちや社会福祉に適度に甘える人生であっても、それは尊厳あるひとりの人の人生の選択として、十分に価値あるものと考えます。


Aさんの心の病気は治すべきものではなく、それを抱えつつ、家族や社会の人々とうまく関わり、価値ある人生を全うすることです。

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