2014年2月26日水曜日

肯定する力が子どもを甦らせる

Q 息子がひきこもりになってしまい、主人といろいろ手を尽くしてみたのですが、なかなか改善されず、途方にくれてしまいました。家族がいる限りは、自分の部屋のベッドで過ごし、外出はいっさいしません。風呂に入らなくても平気で、悪臭に悩まされていました。

 ところが、夫の仕事の関係でゴタゴタがあり、息子の力を借りなければ、どうにもならない状態になってしまい、思い切ってひきこもっている子にSOSを送りました。最初は、相変わらず無反応だったのですが、親として立ち直ってくれると信じ続けてきたことや、母がどんな思いで産んだのかなど、いまでも思い出せば泣けてくるほど訴えました。

 それでも無反応な息子に対して、夫までもがついに大声をあげてしまい、もうだめかなと思ったとき、私が夫に「この子は絶対に力になってくれる子だよ、誰が信じなくても私は信じる」と言うと、息子はすっと起きだして「明日から手伝う」といってくれました。以来、毎日家の仕事を手伝ってくれています。食事も一緒にできるようになり、ふつうに会話できるようになりました。

A これが子どもの問題を救う家族の力です。ご家族の災いが転じて福となすとは、まさにこのことでしょう。

 母親が真剣に訴え、父親までもが大声を出し、もうダメかなと思ったときに、とっさに母親とった行動が息子の心を開く力になりました。親が子どもを信頼する力がお子さんに伝わった瞬間です。家族を信じて肯定する力が生まれると、息子さんは見事に親の言葉を受け取ることができました。それまでひきこもる息子が家族の問題役を引き受けていました。ところが、それ以上に大きな問題が家族の中に生じて、息子さんは問題を抱えた人の役から家族の問題を救う人の役に転換しました。ひきこもりという悪役を演じているうちは何も動きませんが、ひとたび家族を救うヒーローの役を与えらえると自ら進んでその役を引き受けます。

そのやる気を導き出したのがお母さんのひと言でした。「この子は力になってくれると絶対に信じる」という肯定的な期待が、息子さんのなかに長年眠っていた頑張る力を目覚めさせました。素晴らしいご家族です。

 以前の息子さんは自室にこもり、風呂に入らず衛生観念さえ失った状態は、正常な思考能力が失われた心の病気さえ疑わせます。それまでどんな手を尽くしても動かなかった息子さんは、親のひと言でみごとに意欲を回復しました。

 やる気や自信という人の意欲は、その人自身に備わった固定的な属性ではありません。その人が生きている文脈の中で流動的に変化します。失敗体験やまわりの人からの否定的なメッセージという文脈が与えられると、意欲は全く発揮されず、うつ状態やひきこもり状態に陥ります。ところが、その文脈が肯定的な期待に塗り替えられると、息子さんのように一気にひきこもり状態を脱し、意欲を回復することができます。

 それを可能にしたのがまさに家族の力です。

2014年2月17日月曜日

腫れ物に触るような対応

Q 子どもは学校が合わずに退学して以来、家にいます。アルバイトも何度か面接に行ったのですが採用に至らず、働いたことがありません。何度も家族会議を開き、働くように勧めたのですが、「いま自分で探している」などと言い訳をして、結局、家から出ようとしません。親も腫れ物に触るようなところがあって、なかなか突っ込んだ話ができません。

 このままでは外に出る機会がどんどん少なくなり、本人の将来が心配です。本人が外に出て、簡単な作業でもかまわないので働くことを始め、友人たちとの付き合いも再開できるよう、親はどのように勧めていけばよいでしょうか。

 いままで、私と妻は真剣に考えてきたつもりですが、こういった相談機関を訪ねたこともなく、真剣さが足りなかったと思います。親としてどういった態度と行動をとればよいでしょうか。兄は「親がしっかりしていないとダメじゃないか」と自分の意見を言ってくれます。

A もっと積極的に話しかけ、仕事に就くよう勧めてください。
 何度も家族会議を開くほどお子さんに働きかけ、努力されているのに突っ込んだ話ができていないと感じ、お兄さんからみると、「親がしっかりしていない」と見られているのですね。ということは、親がもっと深く介入できる余地が残されているということです。

突っ込んだ話は難しいものです。親は子どもに向き合う勇気が必要です。突っ込み過ぎたら、傷ついてしまうかもしれない、壊れてしまうのではないかと心配します。どれくらいまで突っ込んで大丈夫なんだろうか、どれくらいでやめておいた方が良いのだろうか、判断に迷います。

腫れ物に触るようにという表現は、機嫌を損ねやすい人に恐る恐る接する時に使います。そのような接し方では子どもは自立できません。親がしっかりするということは、伝えるべきことをしっかり子どもに伝える勇気を親が持つことです。子どもは傷つくことで万能的自我から決別し、家から出る自信を獲得できます。親から突っ込まれて傷つき、それを修復する体験を得ることができれば、ソトの世界で他人から傷つけられても何とか修復できるという自信を得るので、ソトに出ることを恐れなくなります。このようにして、親の力で子どもをソトに導くことができます。

親がそれを実行するためには、親が子どもに対する肯定的なイメージを保持していることが必要です。子どもは傷ついても崩れることなく乗り越えるだろうと予想するので、何も恐れることなく子どもに伝えるべきことを伝えます。その逆に、子どもに対する否定的なイメージを持っていると、この子は少し強く言うと傷ついて機嫌を損ね、崩れてしまうだろうと予想します。親は腫れ物に触るようにしか子どもに接することができません。子どもは傷つきを乗り越えるチャンスが得られないので、ソトに出る自信も得られません。

本人はともかく、まずは親が相談機関を訪ねてみてはいかがでしょうか。どのように接したらよいか自分自身ではわからなくなった時、専門家に今まで行ってきた親の接し方や態度を説明して、親としてやってきたことを振り返ることができるので、いままでは見えなかった新たな方策がきっと見つかります。ただ、相談に出向くというということもリスクを伴います。相談しても相手がよく理解してくれなかったり、期待外れだったり、話すことで傷ついたりするかもしれません。

でも、そのリスクを覚悟で行動してみることが大切です。傷つくリスクを避けるのではなく、リスクに向き合います。親がそのお手本を子どもに示すことができれば、子どももソトに出るリスクを回避せずに向き合えるようになります。

2014年2月15日土曜日

薬が効くのか、カウンセリングが効くのか?

Q 精神科医に相談したら、薬の服用を勧められました。抗精神薬のようですが、ひきこもりに薬物療法は効くのでしょうか。

A 効く場合もありますが、私が経験する大多数の例で、薬は効きません。
 効くか効かないかの違いは、ひきこもっている原因が何かによります。もともと生物学的な異常が原因で、ひきこもっている場合は効きます。たとえば、大脳の神経細胞をつなぐ神経伝達物質に異常があり、その結果として統合失調症やうつ病などが発症する場合、抗精神薬は大脳の神経細胞に効いて効果を現します。生物モデルで考えた治療が功を奏します。
 そうではなく、もともと学校や家庭のストレスがあったり、思春期の心の成長がまわりに追いついていかないためにひきこもっている場合、大脳の神経細胞に異常はみられません。したがって、いくら薬を飲んでも、原因となるストレスや心の成長の問題が解決されない限り、ひきこもりは改善しません。この場合は生物モデルはあまり役に立たず、心理モデルによるカウンセリングや、社会モデルによる居場所づくりや就労支援などが役に立ちます。

 しかし、実際には脳の異常が先か、ストレスが先かという話は「卵が先か、ニワトリが先か」のような堂々巡りで、はっきり白黒がつきません。どうしても、判断する人の経験と主観に頼らざるを得ません。日本の医者は投薬治療が中心で、カウンセリングをしている時間がありませんから、脳の異常が先と診断します。心理カウンセラーは薬を処方できず、カウンセリングがメインですから、ストレスや心の成長が先と判断します。その効果を試すために、2-3週間ほど薬を服用してもらい、効果がなければ薬を止めて、カウンセリングを中心に治療を行うといったこともよく行われます。


Q ひきこもりには、カウンセリングが有効と聞きましたが、カウンセリングで治るのですか。カウンセリングとは、具体的にどうするのですか。

A 本人がカウンセリングを受ける気持ちにさえなることができれば、カウンセリングはとても効果が高いです。信頼できるカウンセラーに十分に自分の気持ちを語ることで、気持ちが整理され、いままで見えてこなかったものが見えてきて、自信を回復するからです。
 カウンセリングは、クライエントの疑問や悩みをに対して、カウンセラーから適切なアドバイスを与えます。そのように想像される方が多いと思いますが、これは本当のカウンセリングではありません。ごくまれに、アドバイスや指針で問題が解決することがありますが、ほとんどの場合、これでは問題が解決しません。なぜなら、単純にアドバイスでできるようなことは、既にカウンセリングに来る前に自分自身で試みている場合が多いからです。それでもうまく解決できないから相談にやってくる方がほとんどです。
 本来のカウンセリングは、カウンセラーがアドバイスや指針をクライエントに対して語るのではなく、その逆にクライエントがカウンセラーにたくさん語ります。何をどのように語るかは、カウンセラーからヒントを差し上げます。その枠組みに沿っていろいろ語っていくなかで、いままでとは違う見方が見えてきます。
 私たちの日常生活は、パターン化しています。何がどのように困っているかという現実認識も、一つのパターンにはまっています。それをカウンセラーという他者から別のパターンが与えられると、いままで語られれいなかった部分や、わかっていながら語ることが躊躇してうまく語られなかった部分にも光が当たり、新たな視点が見えてきます。すると今までいかに狭い思考範囲のなかにはまっていたのか、ということに気がつきます。

 ある女性は、カウンセリングの感想を次のように語っています。
「はじめて他の人に、これまでのことを好きなように語りました。語っているうちに、いろいろなことに気づきました。」
 これがカウンセリングの効果です。この女性のお話の内容は、とくに新しいことではありませんでした。いままで考えたり悩んできたいつもと同じ物語なのに、カウンセリングの場であらためて語ると、何かがいままでとは大きく異なって見えてきます。
 自分のことや家族の悩みや問題は、自分の自尊心や自信を奪うので、平常心で語ることができません。封じ込まれた物語を語ろうとすれば怒りや罪悪感、恥や不安などの否定的な感情が飛び出します。病気のせいか、自分のせいが悪いか、相手のせいか、よくわからないけど何かが悪いことだけは確かです。できれば語りたくないと縮こまって語ってみたところで、何か新しいものが見えてくることはありません。
 同じ話を信頼できるカウンセラーの前で語ってみます。いままで自信を失わせていた感情を安全に解き放すことができれば、逆に語ることが自信につながるのです。それまで人には語ってはいけないと思っていた恥の領域だったものを、カウンセラーが恥や罪の意識なしで肯定的に受け止めます。すると、過去に起きた事実は変わらないけど、その意味づけが大きく変わります。つまり、人に語ることが禁止されていた自分だけの恥の物語が、他者に語り他者と共有しうる一般的な物語に変換されます。
 そうすれば、もう恥ずかしく、自尊心や自信を奪うような体験ではなくなります。そして、前向きな元気が出てきて、自然と身体の調子も良くなり、仕事や日常生活、そして人との関係もプラスに回るようになります。このようにして、ひきこもりの問題もゆっくりと氷解していきます。

2014年2月4日火曜日

両親の仲が悪くても自信を失うことはない

Q 娘は、長い間ひきこもり、「親の育て方が悪い、私の一生は親にめちゃくちゃにされた」とあたります。夫婦の折り合いが悪く、別居中なので、子どもの言うこともわかります。かわいそうに思います。謝ったほうがよいのでしょうか、それとも取り合わないほうがよいのでしょうか。

A 親として、至らなかったところがあれば、子どもに対して率直に謝りましょう。
両親の仲が悪いと、子どもに大きな影響を与えます。たぶん、娘さんもたくさん傷つき、いくつかの観点からひきこもっている要因と考えることもできます。

第一に、仲が悪い様子が子どもに心理的な外傷を与えます。両親が言葉や腕力の暴力でお互いを傷つけたり、無視して口を聞かなかったり、家出したりというようなシーンが繰り返されると、子どもの外傷体験となって残ります。一つの出来事はそれほど大きくなくても、繰り返されることにより恐怖感が積み重ねられ、結果的には大きな不安や恐怖をずっと抱えることになります。

第二に、親密なはずの家族という人間関係が安全ではなく、お互いに傷つけあうという見本を子どもに示してしまいます。思春期は、自らの力で家庭外に親密な関係を築き始める時期です。親が傷つけあっている姿がモデルになると、相手を信頼して親密な関係を築こうとしてもうまくいかないのではないかと、不安になります。

第三に、子どもと近い親が、子どもを自分の味方に取り込んでしまい、夫婦のバトルに巻き込まれてしまいます。多くは、母親が夫に抱く嫌悪感を意識的あるいは無意識的に子どもに投影してしまいます。子どもは親に好かれようとするために、母親に同調して父親を敵対するようになります。親しいはずの人を憎しみ遠ざけることを親から学び、自分の友達に対しても同様な気持ちを抱くようになります。

 このような気持ちから、子どもは親に対して、怒りの気持ちを抱きます。それを表現したら爆発しますし、表現できないと攻撃性が内に秘められて、語ることができない怒りのエネルギーが子どもを生きづらくします。子どもが成長する上で、大きなハンデを負うことになります。
そのことは、親自身が素直に認め、子どもに対してすまなかったと謝りましょう。子どもに対して、親自身の過ちを認めることはつらいことです。親の威厳が損なわれて、子どもに低く見られるのではないかと思うかもしれません。でもそれは違います。むしろ、親が自分のことを認めず、きちんと謝ることができないと、子どもはそれを見抜いて馬鹿にします。

親が素直に現実を認める勇気を子どもに見せると、子どもも現実を直視する勇気を持つことができます。親が自分の人生と家族関係に責任を持つことができると、子どもも自分のことに責任を持つことができます。どんなに育ちにくい逆境があったとしても、そのせいで私の人生がダメになったという考え方は、責任転嫁です。自分で責任を負うとしていません。確かに、大きなハンデは負っています。しかし、夫婦仲が悪いという逆境でも、ひきこもらずに元気にしている子どももたくさんいます。

親の態度として大切なことは、下を向かずに前をしっかり向くことです。夫婦仲が良くなかったのはとても残念なことですが、3組に1組は離婚する時代です。夫婦仲が悪いのは、まれで特殊なことではありません。よく起こりうることです。本来は仲が良いべきですが、うまくいかなかったことは素直に認めて、子どもにもそれを示します。
その上で、前を向いて、自信を持って進みます。自信を失い、気弱になる必要はありません。子どもが失敗したことを、親に責任転嫁しようとする態度を親が認めてはいけません。子どもの苦しみは理解してあげましょう。親自身の苦しみも自分自身で受け止めます。親も子どもも、自分で自分のやったことに責任を取る習慣を身に着けます。

親自身の失敗を悔いて自信を失うのではなく、限界や欠点を認めたうえで前向きに生きようとする態度を親が示せば、子どもも同じように振る舞うことができます。人との関係性に失敗して傷ついても、ひきこもって関係性から撤退することなく、難しい対人関係に前向きに向かうことができます。