2013年1月31日木曜日

「しっかり抱きしめてあげましょう」言説の功罪

保育園の園長さんにそう言われました。

保育園・幼稚園、あるいは学校の先生は、子どもと接し、子どもの状態をよく見ているプロです。そう言われるときは、心に何かが隠されているんですよ。
カウンセラーもよく使う常套句です。でも、「そういわれて、一生懸命に抱きしめているんだけど、一向に良くならないのです」という話をよく聞きます。

確かに、子どもは親の愛情を養分にして成長します。小さい子どもならスキンシップで。少し大きくなってきたら心で子どもを抱きしめてあげることはとても大切です。
しかし、やみくもにそうすればよいわけではありません。そこにはいくつか落とし穴があり、親が抱きしめることがかえって状況を悪くする場合もあります。

1)親の心のコップが満杯の時
心で抱きしめるとは、親子で気持ちを通じ合わせることです。
親は子どもに愛情(あなたのことを大切に思っているよ、認めているよ、かけがえのない存在だよというメッセージ)を伝えます。
子どもはマイナスの気持ち(ストレス、悲しみ、怒り、不安、疲れ、自信のなさ、失敗体験など)を伝え、親がそれを受け取り処理してくれます。
それはとても良いことなのですが、どこに落とし穴があるかというと、心が通じ合うとpositive/negative両方の気持ちが伝わるからです。
親が肯定的な気持ち(喜び、幸せ感、自信、成功体験)に裏打ちされていれば、それを子どもに伝えることはとても良いことです。
逆に親が否定的な気持ち(不安、悲しみ、不幸な気持ち、自信喪失、失敗体験)に満ちていると、それが子どもにも伝わってしまい、子ども自身も気持ちがかえって辛くなってしまいます。
あるいは親自身の心のコップ(仕事や家族関係や対人関係などからくる)ストレスで満ち溢れているとき、子どもの気持ちを受け取ることができませんい。親が自分の気持ちを受け取ってくれないので、子どもは裏切られた気持ちになってしまいます。
それを避けるためには、「抱きしめる」前に、親自身の心の状況をよくチェックしておくことが大切です。

1の補足)空っぽ系と、いっぱい系
空っぽ系の親には、この言葉は有効です。
つまり、まだ未熟で親になりきれていない親。子どもとどう向き合ったらよいのかわかっていない親の場合です。
「えっ、そんなに子どもを抱きしめるものなんですか?そんなに構わなくたって良いのかと思ってました。抱きしめるといったって、どうやったらよいのかわかりません。」
単純に、どうやって子どもに接して良いのかわからない系。
そういう親にとって、ストレートに「もっと抱きしめて!」というのは目から鱗かもしれません。

いっぱい系の親にとって、この言葉は残酷です。
子どもをしっかり抱きしめることは十分にわかってます。でも、私がいっぱい、いっぱいでその余裕がないんです。サイドブレーキがかかっていながら、アクセルを一生懸命踏んでいるようなもの。
そういう親にとって、「もっと抱きしめて!」というメッセージは、さらにアクセルを踏み込みなさいと言っているようなもの。エンジンが焼き切れてしまいます。
この場合、必要なことはアクセルではなく、サイドブレーキをはずすことです。でもどうやって外して良いのかなかなか見つかりません。なぜなら、それは子育てとは関係ない全く別のところにあったりするからです。


2)子どもの年齢(思春期以降の場合)
思春期前の小さな子どもには無条件の愛情が滋養となります。
それをしっかり胸に抱き、思春期以降は親の愛情(という縛り)を遠ざけ巣立っていきます。その時期に親がしっかり抱きしめてしまうと一時的には心が安定しますが、巣立てなくなってしまいます。

問題は、小さい子どものころに十分な親の愛情(承認)をもらいそこなった青年です。精神分析的に考えれば青年期であっても前の乳幼児期の段階に戻ってやり直すことが大切です。でもフロイドの時代には「ひきこもり」なんてありませんでした。「親の愛情不足をカバーしましょう」という単純な母性言説は今の社会では通用しません。

思春期・青年期には、親の愛情を幼い頃とは異なる方法で表現しなければなりません。
子どもを近い位置に抱き寄せて抱え込むのではなく、遠い位置に離し、子どもを信じ(肯定)、「それで良いのだよ」と肯定(承認)を与えます。

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