2018年5月23日水曜日

五月病の傾向と対策

「五月病」とは、4月から新しい職場や学校に入り、あるいは転勤したり、学年が進みクラス替えがあり、5月に入っても新しい環境にうまく適応できません。そのために、やる気を失ったり、不眠・疲労感・食欲不振などの症状が出て、学校や職場に行きにくくなることです。
人は、始めの頃は心機一転がんばれるものです。4月中は報われなくても頑張れますが、5月の連休でしばらく学校や職場から離れ、連休明けに頑張ろうとしても、息切れしてしまいます。4月からスタートして5月に息切れするから「5月病」と呼ばれますが、これは5月に限ったことではなく、一年中いつでも起こり得ます。

医学的な病気ではなく俗語です。医学的な診断名としては「適応障害」になります。

生活環境の変化が原因ですが、そのまま長引くとうつ病や不登校、さらに長期化すると「ひきこもり」に発展することもあります。

上手く適応できない原因は、ストレスです。
新しい仕事や仲間が負担に感じることが直接のストレスですが、本人の内面を分析すると、自分はこうありたいという理想像と、そうはうまくいかないという現実像との乖離(ギャップ)がストレスとなります。
自分がこうありたいという理想像とは、たとえば、もっとがんばりたい、勉強や仕事の成果を出したい、周りの人に認められたい、友だちを作りたいといったことです。

「五月病」チェックリスト
次の項目で4つ以上当てはまる場合は「五月病」が疑われます。

  1. 何となくやる気が出ない
  2. 朝起きても気分が晴れない
  3. 学校(仕事)に行くのが億劫だ
  4. 食欲があまりない
  5. 自分はこのままで良いのだろうかと不安になる
  6. 眠ろうとしてもよく寝付けない
  7. まわりの人は、まだ私のことをわかっていない
  8. 眠りが浅く、夜中に目が覚めることがある
  9. 以前と比べて疲れやすくなった
  10. 自分は「ダメ人間」と思う
  11. 今の学級(職場)は自分に合っていないと思う
  12. 自分だけ取り残されている感じがする

家族用チェックリスト
家族から見て、次の4項目以上が当てはまると要注意です。

  1. 学校(職場)に行きはじめた頃より元気が落ちている
  2. 朝起きてくると機嫌が良くない
  3. 休みの日は寝ていたり、家にいて活動的でない
  4. 朝、出かけるのが辛そう
  5. 学校(職場)のことを尋ねても答えようとしない
  6. 家族との会話が減った。
  7. 学校・職場の人間関係がうまくいっていないようだ
  8. 食事で食べる量が減った
  9. 家でイライラして家族に当たることが増えた
  10. ゲームやお酒などに逃げている
  11. 表情が暗く、憂うつそうだ。
もし「五月病」かなと思ったら、次のことを試して下さい。

  • ストレスの発散に心がけましょう。人は生活の中で常にストレスを受けています。それを溜め込まず、放出しましょう。
  • そのために出来ることは、気分転換です。自分が好きなこと、楽しめることを積極的に行ってください。自分の気分転換のレパートリーを複数用意してください。それは人によって異なります。たとえば私の場合はスポーツ(身体を動かすこと)、好きな人とおしゃべりすること、カラオケで思いっきり歌うこと、お酒を飲むことなどです。
  • お酒、買い物、ギャンブルなどがレパートリーの人は、やり過ぎに注意しましょう。いずれも、節度を守った適量ならストレス発散に効果的ですが、やり過ぎると依存症になり、かえって悪化します。
  • 睡眠を十分に確保してください。寝付きにくい場合は、あなたに合った寝付く方法を試しましょう。
  • 困った状況や気持ちを人に打ち明けてみましょう。秘密を守り、信頼できる人に伝えるだけで、気持ちがとても楽になります。
  • 考え方を転換しましょう。
    • がんばり過ぎてはいけません。心に余裕を持ちましょう。
    • 焦らず、ゆっくり構えることが大切です。少し慣れ、まわりが見え始める1ヶ月後は、だれでも多かれ少なかれ困難を感じる時期です。その時期を通り越して、3ヶ月や半年たてば、必ず状況が変わってきます。あるいは人によっては1年、2年とかかるかもしれません。それくらいの時間的な余裕をもって、焦らず、臨みましょう。
    • マジメになりすぎてはいけません。良い意味での「いい加減」さが大切です。100%を達成しようとせず、7割か8割で十分と捉えましょう。
      • 会社の上司や、試験担当の先生が120%を求めてきても、無視しましょう。
    • 理想とプライド(自分への期待)を下げましょう。いつまでも理想を追い求めてはいけません。等身大の自己像を作っていきましょう。
これらのことは、五月病を未然に予防するためにも、すべての人に大切なことです。

次に、家族やまわりのひとが出来ることについて説明します。
  • 当事者に声をかけましょう。悩んだり、落ち込んでいる人には、声をなかなか掛けづらいものです。しかし、思い切って声をかけてあげると、たとえ答えられなくても安心するものです。
  • ただし、まわりの人(家族)も一緒になって悩んだり心配してはいけません。心に余裕を持って、当事者に接してあげて下さい。
  • 話をよく聞いて、置かれた状況やその気持ちを十分に理解してあげましょう。
  • アドバイス(解決策)や叱咤激励は不要です。解決策はその人自身が時間をかけて見出すものです。先回りして解決してあげようとしない方が良いです。そのままを冷静に受け止めてあげましょう。


2018年5月11日金曜日

マンガでわかる家族療法

私の学会仲間で、日本の家族療法の一人者、東(ひがし)豊さんが書いた本(マンガ)をご紹介します。

マンガでわかる家族療法 親子のカウンセリング編

私のオフィスの待合室にも置いてありますので、お時間があったらお読みください。

マンガなので読みやすく、家族療法の実際の様子やそのやり方が、分かりやすく描かれています。その冒頭の章は「不登校」の家族で、子どもとその両親との面接が描かれています。私の臨床体験とすごく共通しているので、私なりの目線で解説を加えたいと思います。

家族療法はマジックの治療法、とよく言われます。
今まで長い間学校に行かず、ひきこもっていた人が、信じられないように再び学校に行き始めます。
その訳は、他の流派(〇〇療法)では考えられない、ユニークでダイナミックなやり方をするからです。その様子を本の事例をもとに紹介しましょう。
このご両親は、スクールカウンセラーとお医者さんから、
「無理強いしてはいけません。本人の自主性を大切にしてそっと見守りましょう」と言われたことを3年間守り続けました。
これはとても大切な原則です。
特にひきこもり始めた初期は、学校に行きなさいと無理強いは禁物です。
なぜなら、親がマイナスの影響を与えてしまうからです。
それが功を奏して、2-3週間で学校に復帰する場合もよく見られます。
普通の(家族療法以外の)カウンセラーができるのはここまでです。

家族療法では、さらにもう一歩深めます。
ひきこもっている期間が1-2ヶ月を過ぎたら、親が積極的にプラスの影響を与えます。しかし、それは結構難しいものです。このマンガでは、その様子が見事に描かれています。
「母親と父親が協力して下さい。」
これも、とても大切です。
しかし、一般のカウンセラーは、どのようにしたら協力できるかまでは、具体的に教えてくれません。ここが、夫婦関係を専門に扱う家族療法の得意分野です。

実は、相談に来られるほとんどのご両親は、すでに十分協力しています。
少なくとも子どものために協力しようと、一生懸命努力しています。
しかし、それがうまくいかず、母親と父親の力が相殺してしまい、結果的に、子どもには何も伝わっていません。
両親は協力して、熱心に相談にやってくるのですが、残念ながら、夫婦の間に見えないシコリがあり、夫婦の力を削いでしまいます。
家族療法では、隠れたシコリを見つけ出し、うまく解除します。
すると、父親も母親も、のびのび自分らしく家族に関わることができるようになり、結果的に、子どもは元気を回復します。
マンガに描かれた両親は、苦悩する子どもに大きなプラスの力を与えています。
専門用語でエンパワーメントと言います。
しかし、家族心理を十分理解していない通常のカウンセラーや、当事者たちにとって、それが「プラスの力」であるとは思いもよりません。むしろ、マイナスになるから、そんなことはしてはいけませんと言うでしょう。
ここがとてもダイナミックな視点です。
子どもに問題が起きると、家族は自信を失くし、持っているはずのパワーを隠してしまいます。
家族療法は、子どもの力を信じ、両親の力を信じて、家族の潜在的なパワーを復活させます。その結果、子どもの問題が見事に解決します。

これ以上本の内容を書くと、ネタバレになりますので、あとはどうぞ本を手に取ってお読みください。

2018年5月10日木曜日

「怖くて言えません」拒否される恐怖

1) 一郎さんは、息子の太郎くんと話をしたいと思っています。
「なぜ、止まっているんだ?」
「今のままではいけない。前に進んでごらん?」
しかし、どうしても言えません
はじめて太郎が学校を休んだ時、無理に引っ張って学校に行かせました。失敗しました。
2回目に行かなくなった時、太郎に話しかけたら拒否されて、自分の部屋に行ってしまいました。
今回も、太郎に話しかけたら、また拒否されるのではないだろうか。
そう思うと、とても怖くて言えません
心がフリーズしてしまいます。

2) 二郎課長は、部下の太郎に言わなくてはなりません。
「そのやり方ではよくない。こうやりなさい。」
しかし、どうしても言えません。
以前、太郎に指示したら、「はい」と返事だけは良いのですが、無視して直そうとしません。
太郎を叱りました。
頭にきていたので、きつく叱りすぎてしまいました。
以来、太郎は私のことを嫌っているようです。
また太郎に伝えたら、また無視されるのではないだろうか。
そう思うと、とても怖くて言えません

3) 春ちゃんは、親友の夏ちゃんと一緒にお昼のお弁当を食べようとしたら、夏ちゃんは別の子と一緒に食べ始めました。
春ちゃんは、夏ちゃんに無視されました。
夏ちゃんは私のことを嫌いになったんだ。
もう夏ちゃんにはお弁当いっしょに食べようと、怖くて言えません
学校なんか行きたくありません。
  • 自分にとって大切な人にNoと言われるんじゃないだろうか?
  • 拒否されるのではないだろうか?
そう思うと、何も言えなくなってしまいます。
メッセージを伝えることがとても怖くなります。
拒否された経験が、相手と関係性する自信を失います。
また拒否されることが怖くて、相手に向き合えなくなります。
言いたいことを言えなくなります。
その結果、コミュニケーションが途絶えてしまいます。
言うべきことを言えていないことは、相手も十分にわかっているものです。
「ああ、怖がって言えないんだな。」
何も伝えられないという事実が、自分の不安な気持ちを相手に伝えてしまうことになります。そして、相手も不安にさせてしまいます。
あるいは、不安が高じて突っ込みすぎてしまいます。怒りや攻撃性となり、相手を傷つけます。
それも、怒りの根底にある不安感を相手に伝えていることになります。

4) 20代の四郎さんは、親友の毅さんに思い切って相談しました。
もう一度、花子さんをデートに誘いたいんだけど、どうしよう、怖くて言えないんだ、、
多分、花子さんも僕のことを気に入ってくれているのは、普段のそぶりでわかる。
でも、怖いんだ。
一回目のデートはうまくいったんだけど、二回目誘ったら、その週末は用事があるからと断られてしまった。
一回目のデートで僕に幻滅したんじゃないだろうか?
そう思うと、どうしても言えないんだ
いっそ、花子さんのことを諦めようかとも思ったけど、それもできない。
僕の中で、花子さんへの愛着は切れないんだ。

親友の毅さんは、四郎さんに言いました。
怖さを乗り越え、自信を持って、相手に伝えてごらん!
花子さんは、「ちょっと待って。今はダメ。」
というかもしれない。
他の用事があるからか。
あるいは、まだ気持ちの準備ができていないのかもしれないよ。
新しい世界に飛び込むのは不安でしょう。迷っているのかもしれない。
安心を与えてあげなさい。
四郎が、本当に花子さんのことを思っているのなら、その気持ちを伝えてごらん。
真意は伝わるものです、、、そのことを信じましょう。

しかし、同時に関係性を切る選択肢もあります。
もし花子さんのNOが明確なのであれば、彼女を諦める勇気が必要です。
自分のYESと、相手のNOと、両者を尊重します。
相手のNOを無視して自分のYESを強要すると、ストーカーになります。
相手にダメージを与えてはいけません。傷つけてはいけない。

3)春ちゃん、親密な相手に拒否られることは、とても怖いですね。
もうそんな体験したくないでしょう。
学校に行かなければ、さらに傷つくことから自分を守ることが出来ます。
でも、夏ちゃんはホントに春ちゃんのことを嫌いになったのかな?
学校に行かないと、それを確かめるチャンスも失ってしまうよ。

2)二郎課長は、配置転換がない限り、部下との関係性を継続しなければなりません。
恐怖を惹起する関係性を無理して継続すると、病気になってしまいます。
その恐怖心をどうにか小さくしなければなりません。
思い切って、部下の太郎と直によく話し合ってみてはどうでしょう。
あるいは、部長に相談してみては。
どうにか恐怖心を減らす工夫が必要です。

1)一郎さんは、息子に言わなくてはなりません。
太郎くんは、人と関わることを怖がっています
お父さんも、息子と関わることを怖がっています
一郎さんは、そうやって「人と関わる=怖さ」を息子に伝えています。
父親は、人と関わる安心と喜びを息子に与えて下さい。
そのためには、まず、一郎さん自身がそれを経験しなくてはなりません。
フリーズしている状態では、いくら「そうしなければならない」と理屈でわかっても、できません。
太郎君との交流を再開するために、まずお父さんのフリーズを解凍します。
その方法はふたつあります。

A)フリーズの由来を突き止めます。
息子に無理に働きかけて失敗した体験があります。
しかし、それだけではないでしょう。
息子との関係性以外の、過去の親密な関係性がフリーズしている場合がよくあります。それを突き止めます。
それを意識の俎上に挙げることで、昔のフリーズと、今のフリーズを分離します。昔のフリーズが、今のフリーズに影響しなくなります。
それが十分できていないと、無意識下で、昔と今のフリーズが連結して、昔の怖さがそのまま息子に向かう怖さに投影してしまいます。

B)一郎さんの、今の心を温めましょう。
親密な関係性の中で、支えられる暖かさ、共感してくれる暖かさを得て下さい。
そのためには、大切な人(家族や友人)の協力が必要です。
特に、一郎さんの場合は、妻との関係性、ご自身の父親との関係性が大切です。そこを温めましょう。

太郎くんは、内心、前に進みたいと思っています。前に進まないといけないことはちゃんとわかっています。
でも、怖くて進めません。
進むか、進まないか、迷っています。
お父さんが働きかけたからと言って、すぐに「はい」とは言えないでしょう。
今、お父さんの勧めを聞き入れられず拒否しても、お父さんには諦めて欲しくない、また働きかけてきてほしいと心の底では願っています。
もう一度働きかけてくれたら、今度は「はい」と言おうかな、と思っているかもしれません。迷っている時はそういうものでしょう。

自信を持ってごらん。
気持ちは必ず通じるものです。
逆に言えば、それくらい努力しないと、望みは成就できないんだよ。
迷うのはわかる。
怖いのもわかる。
でも、そこを突っ込まないと、相手だって、突っ込めません。

心が恐怖に占領されている時は、何をやってもうまくいきません。
いくら努力しても、(a)突っ込みすぎるか、(b)突っ込めずに離れすぎてしまうかのどちらかになってしまいます。
まず、恐怖を取り除くことです。
心に余裕を持たせます。車のハンドルの「あそび」と同じです。
ショックを柔らかく吸収してくれる「遊び心」です。
楽観的な(希望的な)見通しも必要です。
もしかしたら、うまくいくかもしれない。。。
そんなプラスのイメージが少しでも生まれれば、心がリラックスできます。

現状を打破して、新しい世界に飛び込むためには、
「大丈夫だよ。そんなに心配しないでやってみよう。」
と言ってくれる人の存在が必要です。
確固として見守ってくれる他者が身近にいれば、思い切って勇気を出して、前に進むことができます。

お父さんは太郎くんをしっかり見守ってください。
私は、お父さんを見守ります。

2018年5月1日火曜日

「父親の会」の様子をご紹介します

先日行われた「父親の会」の様子を報告します。

参加者は7名でした。そのうちご夫婦でいらっしゃった方が2組いらっしゃいました。
前半は、私の方から「家族の温度(愛着)」についてお話ししました。
後半は、参加者の皆さんから質問をお受けしたり、お話ししたいことを自由に語り合いました。ふだんは語る機会の少ない、男の本音をみなさん語りました。
その一例を紹介します。

あるお父さんから「自分は父親としてうまく子どもに関わることが出来ない。
と話されました。
本音を言えば、子どもがあまり好きでない。
子どもにどう話しかければよいのかわからない。
父親としての自信がない
というお話をしてくれました。

すると、別のお父さんがとてもホッとした表情で、
それは、私も全く同じなんです。」
と話されました。
家族のために一生懸命子どもに関わったり、妻にも協力しようと努力しているのに、妻からはいつも、あなたはダメだと責められます。父親としての自信がないというのは全く同じで、私のほかにもそういうお父さんがいるということを知れたのが、今日、この会に参加した一番の収穫です、と話してくれました。

これは、とても良いやり取りでした。
「自信がない」と言えるのは、男性たちが、鎧を脱ぐことが出来た瞬間です。
どの人たちも、家族とても真剣に考え、努力しています。父親としての自信を持ちたいと願っています。
しかし、うまくいきません。弱さもあります。その弱さを家族の前では隠さねばなりません。男たちは、弱音を吐いてはいけないと言われてきました。それはとてもしんどいことです。
そのような、男性たちの本音を、参加した女性たちも交えて共有できました。
参加していた私としても、とてもホッとできる会でした。

o o o O O O o o o

父親の会は、月に2回ほど不定期に開催されます。
詳しくは、ウェブサイトのカレンダーをご覧ください。

週末(土日)、もしくはウイークデーの夜に開催しています。
毎回、2時間です。
また、

【男性のみ】の会と、
【女性もOK】の会を設けました。
その意図についてご説明します。

始めは男性のみが参加する会だけにしようと思いました。
その方が、男性のより深い本音に迫ることが出来ます。男性どうして、お互いを支え合うことが出来ます。妻やほかの女性の前では話しにくいこと、たとえば妻について、男性のセクシュアリティについて自由に語ります。本当は、そのようなことを夫婦間で話し合うべきなのかもしれません。しかし、なかなか話しにくいものです。男性同士でまず練習して、勇気を持ち帰り、夫婦で向き合うことが出来ます。

しかし、男性たちは気持ちについて語ることがとても苦手で、恐れています。
理屈(理性)を語ることは慣れています。問題なく語れます。
しかし、すじみちの通らない、同じことの繰り返し、感性を語ることができません。
社会(企業や公的な世界)は理性で成り立っています。
家族はお互いの愛情(感性)で成り立っています。
そのことは、理屈ではわかりますが、実際には家族のことを話したり、気持ちを話すことを避けようとします。
多くの男性は自らそのような場に出ようとしません。
まず、夫婦で参加して、妻が夫を連れてきてほしいと思います。
こちらに来てくれれば、ホッとする、良い体験を間違いなく得ることが出来ます。

あるいは、女性だけに「父親の会」に来てもらって、家族に関わろうとしない、このような場に来ようとしない男性をどう理解したらよいのか、どうやったらもっと関わってもらえるようになるのかということを見出します。

そのような意図から、男女共に参加できる「父親の会」を設定しました。

2018年4月25日水曜日

親の役割は子どもを心配することです

親は子どもの無事を、心から願います。
子どもの安全を守るために、アンテナを張り巡らせます。
子どもに何か異変が起きたら、いち早くキャッチして、先回りして、子どもを守ります。
「先回りして心配してはいけない」とよく言われますが、子どもが弱い(自分の力で自分を守れない)うちは先回りしなければなりません。

子どもが成長したら、親は子どもの底力を見出すことができます。
親がカバーしなくても、自分の力で出来る姿が見えてきたら、親は心配のまなざしを緩めます。
子どもに任せて、チャレンジさせます。
成功するかもしれないし、失敗するかもしれません。しかし、親はすぐにカバーしようとせず、子どもの底力を信じて、安心して見守ります。

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あるお母さんが、娘のことで相談にやってきました。
相談したいことはもうひとつ。母親自身の気持ちがうまくコントロールできないことです。

このお母さんは、自分自身が生きる不安を抱えていました。子ども時代の辛かった体験が未解決のまま、今に至るまで持ち越されてきました。そのこともカウンセリングでよく話してくれます。
私が話を伺っていると、娘に対する不安と、母親自身が抱えてきた不安が連関していることがよく見えます。自分の不安で心が霞み、娘の成長した底力を見落としてしまいます。
しかし、本人にとって、このふたつの出来事は全く別もので、関連付けることはしません。

カウンセリングを進める中で、お母さんは不安を、安心してよく語ってくれました。
私からこうお伝えしました。

そう。母親は心配するものですよ。それが母親の役割ですから当然です。

彼女は徐々に自分の心に気づき始めました。

私が娘を構ってしまうのは、他のお母さんたちがやっている姿を見て、自分もやらなくちゃと焦ってしまうんです。母親として、自信がないんです。そのことに気づきました。

母親の心配を十分に語る中で、母親自身の縮こまっていた気持ちが、だんだんと伸びてきました。

そういえば、娘が言っていたことを思い出しました。
娘)もう私の面倒をみてくれなくていいから!
母)お母さんは何のためにいるの!?
娘)お母さんの存在理由を私にしないでくれる!

娘さんは、とても聡明で、よくわかっているようです。
母親にもよく言えました。

際限なく心配されたら迷惑なのよ。自立できないし。
親は自分自身の生きる不安を、一番愛する人に投影しているに過ぎません。

娘は何年か前につまづきました。
母親は心配してカバーしました。その不安が娘に伝わり、娘もますます不安になり、前に進めなくなったようです。

カウンセリングの部屋の窓の外で、カラスが電線から飛び立ちました。
母親はふと思いました。

もしかしたら、娘は私が思っている以上に、自分をちゃんと持っているのかもしれない。
どうしても、娘が可愛そうという気持ちが先に立っていたんです。
ここまで話してみて、とても気持ちが楽になりました。

それは良かったです。
どうぞ、気持ちを楽にしてください。
母親と娘の気持ちの連結を外しても大丈夫ですよ。
と私から伝えました。

親が安心すれば、子どもも安心して、再び前に歩み始めます。

2018年4月14日土曜日

「お母さん病」からの解放

中学生の娘を怒り過ぎて、ダメにしてしまいそうです。助けて下さい。

という主訴で、あるお母さん(A子さん)が相談にやってきました。

娘は、幼いころから個性の強い子でした。
何をやるにも遅くて、服は脱ぎっぱなしで片づけられません
一年中、自分の気に入ったひとつの服だけを着て、とてもこだわりの強い子でした。
小学校に入っても心配で、先生から呼び出されて、遠回しに「療育が必要」と言われた気がしました。
ネットやたくさんの本を読んで、「発達障害」のことを調べました。
しかし、夫は、娘は病気ではないと言い張り、障害があることを受け入れてくれません。
夫婦で1時間くらい話し合っても、夫はしまいに怒り出してしまいます。私の心配を理解しようとしてくれません。

A子さんはとても真面目な性格で、何事にも諦めず熱心に取り組んできました。
学校では優秀な成績を収め、自分の仕事に誇りを持っていました。
結婚した後もしばらく仕事を続けていましたが、妊娠を機に思い切って退職し、母親業に専念しました。
地域の子育て支援センターでペアレントトレーニング(親業)の訓練も受けました。夫にも受けるよう勧めても、必要ないからと拒否されました。

娘が中学2年生になってから、ほぼ毎日、私は娘と喧嘩してしまいます。私は大声で怒鳴ってしまい、夫はそれに耐えられずに逃げるんです。
娘もイライラしてしまいます。それが、学校でも出て、担任の先生に当たり、先生から三者面談の時に、別室に呼ばれて注意されました。
今は、言いすぎると、余計反応すると思って、言わないように我慢しています。

私はA子さんに尋ねました。
我慢していらっしゃるんですか?
それじゃあ、苦しいでしょう?

このままでは、二十歳になっても身の回りの始末をできないと思うと、頭の中が真っ白になります。

娘さんは今14歳ですから、二十歳になるまでまだ7年ありますね。どうして二十歳になっても身の回りの始末をできないとわかるのですか?

娘を普段見ていると、親から離れるとかしないかぎり、ずっと自分で自分のことはできないと思ってしまうのです。
心配性の私と引っ張り合いをしてしまうんです。

お母さんの中には「心配性の私」がいるんですか?

子どもが出来ないから、母親である私がしてあげないといけないと思うんです。
お母さんという病気」なんです。

A子さんは自分の気持ちを丁寧に語っていくうちに、心配し過ぎで自分自身を苦しめていたことに気づきました。
私から、こう伝えました。

娘さんは、発達障害ではありませんね。

すると、母親の表情はぱっと明るくなりました。
A子さんは、専門家に診断してもらったことはありません。A子さんの中で、そう思い込んでいました。

A子さんは、与えられた役割をきちんとこなしてきました。学校でも、会社でも、そして母親になってからも。
親の大切な役割のひとつが、心配することです。子どもに危険が迫る可能性をいち早くキャッチして、子どもを守ります。

A子さんの言葉を振り返ってみましょう。
A子さんは子育てをきちんと完璧にこなそうとがんばっていました。
そのため心配をキャッチするアンテナの感度が高すぎたようです。
子どもの個性が強いのはとても良いことです。しかし、A子さんにとって、それは他の子どもたちと同じでないといけない、協調できなければいけない、ひとりだけ目立ってはいけないと感じてしまったのでしょう。

子どもは、何をやるにも遅いです。
服を脱ぎっぱなしにして片づけられないのが子どもです。
自分の気に入った服は毎日着たいものでしょう。
それらを正常の範囲内にとるか、「病気」あるいは「発達のかたより」ととるかは、親のアンテナの強さによって、どちらでも可能です。

夫が「子どもに問題ない」と見立てても、心配のアンテナが強すぎるA子さんは聞き入れません。心配が肥大してしまうと、からまわり状態になり、周りの人が何を言っても受け付けられず、跳ね返してしまいます。

先生から言われたかもしれない遠回しの「療育」という言葉を敏感にキャッチして、ネットや本で調べれば、発達障害の症状が自分の子どもにも当てはまると受け取ってしまいます。

そのような心配に満ちた環境で育った子どもは、自分自身も心配するクセを身に着け、アンテナの感度が敏感になり、まわりの刺激に過剰に反応します。
それでも幼い頃は、母親に従順に従っていた娘も、思春期になり発言力が増すと、母親と娘の火花がスパークして、お互いの怒りがエスカレートしてしまいます。
怒り過ぎて、そのことさえ「子どもをダメにしてしまう。」と心配して、疲れ果て、A子さんは相談にやってきました。

A子さんに必要なことは、7年先の二十歳まで先回りして心配するアンテナを下ろすことです。そのためには、「心配」を打ち消す「安心」が必要です。
私は、「娘さんは病気ではありませんよ。」と伝え、安心を与えました。

お母さんが心配から解放されると、今までの自分や子どものことを客観的に振り返ることが出来るようになります。A子さんは感極まって、さめざめと泣きました。

そうなんです、今までは娘の悪い部分ばかり目が行っていました。
よく考えてみれば、うちの子は良い部分もあるのです。私に気を遣い、率先してお手伝いをしてくれます。私に優しいんです。

と初めて娘のプラス面を語ってくれました。
心配が先行すると、マイナス面をキャッチして怒ります。
安心が生まれると、プラス面に目を向けることができるようになります。

娘さんも、母親のA子さんも病気ではありません。
娘さんは発達障害ではないし、A子さんは「心配性」ではありません。
ただ、A子さんのアンテナの感度が良すぎて、心配が増幅されてしまっただけです。
子育てには心配と安心の両者のバランスが大切です。
孤軍奮闘していると、どうしても心配ばかりに心が傾いてしまいます。
信頼できる他者との関わりが、孤立した子育てを解放し、心配と安心のバランスを取り戻すことができます。

2018年4月13日金曜日

不安を乗り越えるには、経験と安心が必要

私のニュージーランド旅行とスキーのお話しをします。

先日、休暇で初めてニュージーランドに行きました。
レンタカーを借りて、観光地を周りました。
海外でのドライブは何度か経験しているのですが、ニュージーランドは車のスピードが速く、怖かったです。

NZには「高速道路(ハイウエイ)」がありません。
というか、日本でいう一般道路が「高速道路」なのです。
人口密度が日本の20分の1のNZでは、小さな集落が点在し、集落と集落の間は何キロ、十キロも離れていて、原野のみ。何もありません。北海道のスケールをさらに大きくしたイメージです。
道路の標識は整備されています。
集落に近づくと、80キロ、50キロといった標識があり、制限速度が低くなります。
しかし、集落を抜けると、100キロの標識があります。

私は日本の高速道路を100キロで飛ばすのは慣れていて心配ありませんが、一般道路を100キロで飛ばしたことはありません。
ほかの車がみな100キロで走っているので、私もスピードを上げようとしますが、とても怖くなります。せいぜい80キロくらいにセーブして走っていると車が後ろから迫ってくるので、何度も徐行して先に行かせました。
私も100キロにスピードを上げようとすると、怖さから緊張して身体がこわばり、どうしてもできません。無理にアクセルを踏むと、辛くなります。

なぜこんなに怖いのでしょう?
自分自身でもよくわかりません。
日本の高速道路では平気で出しているはずの100キロが、NZの道路ではどうしても出せません。
日本の一般道路で100キロなんて、とても危なくて出せません。その体験が身体に染みついて抜けないからでしょうか。

NZの道路はよく整備されています。100キロで走行できるように設計されているし、見通しも良く、原野を貫く道路には人も障害物も何もありません。理屈では日本とは違って安全なのだとは理解しても、身体のこわばりはどうしようもありません。

しかし、経験を積むうちに、だいぶ慣れました。
NZには1週間滞在したのですが、後半になると不安が和らぎ、自然に100キロを出せるようになりました。

〜〜〜
私の趣味はスキーです。
冬になると、顔が黒くなるので、お気づきの方も多いと思います。
子どもの頃からずっと続けており、ゲレンデでは面白くなくなり、
3年ほど前からバックカントリー・スキーを始めました。

バックカントリー・スキーとは、リフトがかかり、コースが整備されたゲレンデを抜け出し、自然に満ちた山の中を滑ります。
よくクロスカントリー・スキーと混同されるのですが、
クロスカントリー・スキーは平らな土地を細いスキーで走る北欧起源(ノルディック)のスポーツです。冬季オリンピックでお馴染みです。
バックカントリー・スキーはアルプス地方(アルペン)が起源で、急斜面を滑ります。新雪(パウダー)も滑るので、浮力を持たせるために幅の太いスキーで走ります。オリンピック競技にはありません。時々、遭難のニュースでメディアに出ます。

誰もいない山に分け入っていくのでとても危険です。雪崩に遭ったり、滑落したり、道に迷って遭難します。整備されていない急斜面を滑るには高度の技術が必要です。ひとりでは行かず、プロのガイドさんと一緒に行きます。遭難する人は山の怖さを知らず、ガイドを付けずに行ってます。
リフトもゴンドラもないので、スキー板の裏にシールという登攀具をつけて山を2-3時間かけて登り、10分で滑り降りるといったことを繰り返します。登るときは辛いのですが、誰もいない大斜面を自由に滑る解放感はゲレンデでは得られません。

時間をかけてドロップ・ポイントまで登りきり、シールを外して、さあ滑ろうという瞬間はとても怖いです。斜面は急でちゃんと滑れるのか不安になります。バンジージャンプの経験はありませんが、プールに飛び込む時の心境に似て、とてもドキドキします。
さあ、滑ろう! 左から2番目が私です。

しかし、いつまでも躊躇しているわけにもいかず、ガイドさんに促され、思い切って飛び込みます。滑り出したら怖いなんて言ってられません。必死に滑ります。うまく滑れる時もあるし、スピードが出過ぎて転ぶこともあります。
不思議なもので、「スピードが出過ぎてコントロールできなくなる。怖い!」と心の中で思った瞬間に転びます。その時は、雪まみれになりますが、怪我はしません。心が未然に危機を回避しているのでしょう。
上手く滑れず転べば落胆し、自己嫌悪に陥り、
転ばずなんとか滑り切れば、達成した爽快気分になります。

そんなことを3年ほど経験し、先日、以前に登った同じドロップ・ポイントに行きました。
あれ、ここは前に来た同じ場所だっけ?
前回は急斜面だったのですが、今回はそれほど急ではありません。
急斜面か否かという判断は、私自身の主観です。経験値によって、感じ方がかなり違います。
ここなら難なく滑れるだろうと予測するとドキドキすることも緊張することもなく、身体の力を抜き、楽に滑り降りました。

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私にとって、NZの運転も、バックカントリー・スキーも不安を伴うチャレンジです。
若者が自立し、大人になることは、さまざまな不安を伴うチャレンジです。いままで周りの人がやってくれていたことを、自分の力でやらなくてはなりません。
怖くて当然でしょう。

1)経験と失敗が必要です。
怖いのに無理に滑り降りようとすると、緊張して、こけます。でも、致命傷は負いません。何度かこけて失敗を繰り返すと、こけずに成功することもあります。経験を増やしていけば、当初怖かったことが、それほど怖くなくなります。

2)安心が必要です。
ガイドさんなしのバックカントリー・スキーは不安過ぎて行けません。
ドロップ・ポイントで躊躇している時、もう行っても良いよ!とゴーサインを出してくれる人、
もしも自分では回復できなくなった時には助けてくれる人
がそばに居てくれたら、安心して、不安を乗り越えることが出来ます。

安心がなく、不安のままで滑り出すと、傷つきます。
傷つきを回避するために、ひきこもります。