2017年1月20日金曜日

自信の回復


新しい年を迎え、私の今年の目標は

「自信回復」

にしました。

それは、私自身のことでもあり、クライエントさんを支援する目標でもあります。

まず私自身のことをご紹介します。

昨年、私は自信を失いました。

私は診察の他にも、学会の仕事をしています。
昨年の後半に、今まで長い間、なにげなく普通にこなしてきた仕事を大失敗してしまいました。
その時は、いったい何が起きてしまったのかよく理解できず、相手方の問題だろうと思っていたのですが、落ち着いてよく振り返ってみると、どうも自分に問題があったことが見えてきました。

なぜ、私はあんな失敗をしてしまったのだろう?
後から考えてもよくわかりません。
とても、自信を失ってしまいました。

自分は仕事をこなす能力がなかったのかしら?
なぜ、今まで普通にこなしていたんだろう?まぐれだったのだろうか?
本当は何もわかっていなかったのかもしれない?
自分は学者に値しない人間なのかもしれない。
いや、医者としても、社会人としても、ダメな人間なのかもしれない。。。

そんな疑問が頭の中をくるくる回り始めました。
すると、今まで当然こなしていた仕事ができなくなります。
やろうとしても、立ち止まり、前に進められなくなりました。

今までは、自分に自信があるか否かなどと考えもしませんでした。
自信を失ってみて、今まではそれなりに自信があったのだということに気づきました。
でも、それは上辺だけの自信だったのでしょう。

自信があれば、困難に向き合い、なんとか前に進むことができます。
自信を失うと、単純なことでさえ遂行できなくなります。

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クライエントの方々も、同じような状況にあります。
自信を失い、立ち止まってしまいます。

思春期は、厳しい成長の坂を登っていかねばなりません。
時に若者たちは、人々と交わり、前に進む自信を失い、立ち止まり、ひきこもります。

その親も、子どもに接する自信を失い、何も言えなくなります。
子どもにどう接したらよいのか、何と言ったらよいかわからなくなります。
その結果、腫れ物に触れるように、子どもに接して、家族のコミュニケーションを失ってしまいます。

若者がガス欠になり、前に進めなくなった時は、前に進むためのガソリンを補給しなくてはなりません。
自分自身で鼓舞したり、
まわりの人からプラスのエネルギーを補充します。
親のエネルギーは、特に大切です。

しかし、自信を失った親はそれができなくなります。
今、親が何かを言うと、子どもにとって悪い結果になるのではないか、
下手に口を出すと、子どもを傷つけ、自分の部屋に完全に閉じこもってしまうのではないか、
親と全く口をきかなくなるのではないか、、、
と心配します。

親の自信喪失の根底には、失敗体験が隠されています。
親として、失敗してしまった。
うまく関わる自信がない。
そのようなマイナスの体験を引きずっています。

たとえば、ひきこもり始めたころ、親の心配やイライラを子どもにぶつけてしまいました。
不安やイライラは、マイナスのエネルギーです。
子どもは、プラスのエネルギーがあると前に進めますが、マイナスのエネルギーが注入されると、かえって悪くなってしまいます。
その結果、親が何を言っても効果がないどころか、かえって状況が悪くなり、親は何も言ってもダメだと自信を失い、何もできなくなってしまいます。

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私の話に戻しましょう。
私は、昨年失った自信を、今、回復しようともがいています。
恥を忍んで、その具体的な過程をご紹介します。

第一に、失敗したことを、私のスーパーヴァイザーに相談しました

カウンセラーは、定期的に先輩格のカウンセラーに会い、難しい仕事やクライエントのことを相談します。これをスーパーヴィジョンと言います。

私のスーパーヴァイザーは私の失敗談を批判せず、丁寧に聞いてくれます。話しているうちに、今まで気づかなかった側面が見えてきました。

第二に、問題を整理しました
スーパーヴァイザーは黙って聞いているだけではなく、具体的にアドバイスしてくれます。
今までのプランAばかりでなく、こういう手もあるよと、プランBやプランCを提示してくれます。
私も、プランBやCも知ってはいました。でも自分には使えないなと思い込んでいました。改めて他者から指摘されると、思い切って試してみようかという気持ちになります。

第三に、失敗した仕事に、再びに挑戦しました。
プランBは慣れていないので、はじめかなり勇気が必要でした。
とりあえず、やるべきことはやりました。でも本当にこれで良かったのかどうか、まだ結果が出ていないのでわかりません。

第四に、それをまたスーパーヴァイザーに持ち帰り、やり方を検討します
これはまだやっていません。これからの仕事です。
これで良かったのか、良くなかったのか、自分だけではどうにも判断できません。
というか、「これで良いよ」と自分で認める自信もないので、誰かからそう言ってもらいたいのかもしれません。

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さて、子どもに関わる親は、どうやって自信を取り戻すのでしょうか?

どうやって、腫れ物扱いではなく、自信を持って子どもに関わるようになれるのでしょう?

1)まず、そのことを自分だけの胸の内にしまっておかず、誰かによく話します。
心の中にしまっておいたら、解決の糸口を見出せません。
まず、外に出すことです。
誰かと話している中で、自分でも気がつかなかったことが見えます。

2)なぜ自信を失ったのか整理します。
よく話し合っていると、自信を失った背景が見えてきます。

今回の失敗の背後には、過去の失敗体験が隠れていたりします。
たとえば、子どもが小さかった頃の失敗体験、
夫婦間で意見が違うためにうまく関われない、
親自身の子ども時代の体験、、、などなどです。
そのようなことが見つかると、ああ、だから私はこう考えていたんだと、過去と現在が繋がります。
今までわからなかったことにガッテンがゆき、気持ちが楽になります。

3)具体的な指針・アドバイスを求めます。
今までのプランAとは異なる、プランBやプランCを見出します。
ひとりでふだん接していると、違うやり方がなかなか見つかりません。
プランAがうまくいかないと、まだ不十分だからもっとやらなければと、さらに強度を上げてプランAAをやってしまいます。

そういうときは、思い切って別のやり方が有効です。
そのためにも、ひとりで取り組まず、別の意見を取り入れます。

4)そして、認めてくれる人が必要です。
本当に、これで良かったのでしょうか?

子ども自身もよくわかりません。
親としても、こう関わってしまって、良かったのか、わかりません。

本人だけでは判断できません。まわりから見てどうだったのか、という意見が必要です。

子どもは、親に認められます。
親も、これで良いんだよと認めてくれる誰かが必要です。

親にとって、一番大切なことは、あきらめずに、子どもに関わり続けることです。
そう簡単に成功体験は得られません。
何度も失敗した末に、成功します。
就職活動と同じです。

失敗したら、多少、軌道修正して、また挑戦します。
それを、何度も、成功するまで繰り返します。

しかし、これをやり続けることは、相当なエネルギーが必要です。
ひとりだけで親役割を遂行しようとしても、途中でめげて、やる気を失ってしまいます。

もう、私はなにもできない。。。
もう、勝手にしろ。オレは知らん、、、

そのような時は、親自身を支えてくれる誰かを求めます。

2017年1月12日木曜日

私自身の幸せ論

みなさんは、ふだん、自分は幸せだなぁと感じているでしょうか?
あるいは、その逆に自分は不幸だ、幸せでないと感じているでしょうか?

多分、そんなことは考える余裕もなく、毎日を過ごしていらっしゃるのではないかと思います。
私自身も同様です。自分が幸せか、幸せでないかなんて、考えても仕方がない、そんなこと思ってもいない。細かい悩みや問題はたくさんあるけど、とりあえず衣食住に困らず、ふつうに生活しているから、不幸とは言えないだろう、くらいに思っています。

普段の忙しさから解放されたお正月休みに、私にとっての幸せってなんだろうと考えてみました。

私の話の前に、興味ある調査研究をひとつご紹介します。
ハーバード大学では、700名以上の人生を生い立ちから老年期まで75年間の長い間、追跡調査して、人の幸せに最も貢献しているのかを明らかにしました。その内容は下記のサイトをご参照ください。

https://www.ted.com/talks/robert_waldinger_what_makes_a_good_life_lessons_from_the_longest_study_on_happiness/transcript?language=ja#t-562180

この研究では、一体なにが人々に幸せをもたらすのかについて明らかにしています。
その答えはとてもシンプルです。

富や名声ではありません。
私たちを幸福にする最も大きな要因は、良い人間関係を築いているかということです。
それも、量より質が大切です。多くの人々と関係を持っていることよりも、数は少なくとも親密な良い関係が一番大切です。

大切な人との人間関係は心ばかりでなく身体の健康にも良い影響を与えます。
家族、パートナー、 友達など、大切な人と深く、肯定的に繋がっている人ほど幸せを感じるばかりでなく、身体も健康で、より長生きします。

その逆に、孤独は心と身体の健康に害を及ぼします。幸せを感じられなくなるばかりでなく、脳の衰えが早まり、寿命が短くなります。
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科学者や芸術家たちは、幸せについてさまざまな思考を巡らせています。「幸福」に関する書物はたくさんあります。
しかし、「幸せ感」はあくまでその人自身が抱く主観的な感覚です。
有名な人の考えや研究は参考にはなりますが、結局、自分の幸せ感は何なのかということを各人が見出さねばなりません。様々な考え方・感じ方があるでしょう。

私が、一番幸せを感じるのはどういうときか、考えてみました。
私の考えは、上の研究によく似ています。

私にとっての幸せとは、、、一言でいえば、関係性です。

大切な人がそばにいて、その人が小さな幸せを達成した時、そしてその幸せに自分が多少でも貢献できた時に、私は大きな幸せを感じます。

ここでは、「小さな幸せ」と書きました。
それは、日常の些細なことでも構いません。
今までよりも少しだけ良い方向へ変化することです。

たとえば、入学試験や就職活動が上手くいった時など、とても大きな喜びを感じます。
でも、その学校や会社に居る間、ずっと幸せを感じているわけではありません。そ
れが当たり前になるからです。

同様に、結婚する時、とても大きな幸せを得ます。
しかし結婚生活を続けていることは、幸せより、むしろ苦労が多いものです。
関係がうまくいっているラッキーな夫婦は、日常生活の中に小さな幸せを見つけるでしょう。
大切な人を亡くした時も同様です。
喪失の深い悲しみは、一緒に居た時が幸せだったという思いの裏返しです。
その幸せを失うと、悲しいのです。

先日、娘の成人式がありました。娘の成長した振袖姿に、私は思わず涙してしまいました。
日常生活では見失っていた娘の成長を、振袖姿で確認できた幸せの涙でした。

昨年亡くなった私の父親は終末期を家庭で過ごしました。いわゆる在宅ホスピスです。
不治の病が戻らないことは父自身も理解していました。
在宅入浴サービスを利用して、久しぶりにお風呂に入りました。
「はぁぁ、気持ち良いなぁ」
とほっとした父の幸せの一言が、私や家族を幸せにしました。

私が6年前に大学を早期にやめて、開業した理由のひとつが、フルタイムの臨床医としてもっと多くの人たちを支援したいと思いました。
大学で教えるよりも、精神科医の方が私自身の特性を生かして人々の幸せに直接貢献できると考えました。

クライエントさんたちは、悩みや問題を携えて相談にやってきます。
それは、自分自身の問題であったり、大切な家族の問題であったり、様々です。
そのような方々と、まず私は安全な関係性を築きます。
クライエントさんにとって私が大切な人になれるよう、私の気持ちを注ぎます。
クライエントさんとの関係性をしっかり作ること自体が、私の小さな幸せのひとつです。

そして、私が関わらせていただく中で、クライエントさんの問題に良い変化が起きた時、
私はもっと幸せになります。
それは、根本の問題が解決した大きな変化であったり、
あるいは根本の問題はそのままだけど、少しだけ状況が前に向かう小さな変化だったりします。
はじめ悲壮な表情でいらした方が、何回かお会いする中で、微笑みを浮かべて帰られるようになった時に、私は支援者としての幸せを感じます。

関係性は両刃の剣です。
幸せの源泉になることも、不幸の源泉に成ることもあります。
関係性のために苦しみ、健康を損ねたり、命を奪われることさえあります。

関係性が閉ざされた状態が孤独です。
関係性の痛みを回避するために、人との関わりを閉ざすのがひきこもりです。

孤独は健康に大きな害を及ぼします。
心や身体の健康を損ね、命を縮めます。

孤独に比べると、大切な人のために悩んだとしても、関係を持てるということ自体が幸せの芽なのかもしれません。
関係の力を使って、マイナスをプラスに転換できる可能性を秘めています。そのお手伝いをさせていただくのが私の幸せです。
家族に問題が起きなければ、それほど関わる必要のなかった家族(親子や夫婦)が一緒に相談に来ることは、たとえその内容が不幸につながることであっても、真剣に語り合うこと自体は小さな幸せなのかもしれません。

2017年1月6日金曜日

私自身の子育て論

私には子どもが3人います。
長男は22歳で大学院1年生、長女が20歳の大学2年生、次男が18歳の高校3年生です。
三人とも、成功と失敗を繰り返しながら、それぞれの道を前に進めだり、立ち止まったりしています。

長男は昨年の就職活動が思い通りにいかず、次善の策として大学院に進みました。
彼は4年前の大学受験も第一志望が叶わず、浪人するか悩んだ末に、浪人せずに第二志望の大学に進みました。

長女は日本の高校を卒業した後に、海外の大学で学んでいます。果敢に挑戦したのは良かったのですが、異文化の中で勉強も友人関係も思うようにいかず、悩みが絶えません。
親にとっての幸いは、困ったことがあると、インターネットを通じて父親の私に連絡してきます。海外にいる娘との距離が一番遠いのですが、心理的な距離は一番近いです。
息子二人は距離的には近いのですが、親とは会話したがらず、気持ちの距離は遠いです。

次男は大学受験生です。
著書「ひきこもり脱出支援マニュアル」のあとがきにも書きましたが、私は親としてこの子が一番心配です。
自信を持って自分の道を選べるだろうか。
その道を歩んで、幸せをつかめるのだろうか。

親が子どもを心配するのは、子どもの力を信じていないからです。
過剰に心配せずに、子どもの底力をを信じなさい!

これは、私がよくクライエントご家族にお伝えするセリフです。
人さまの家族のことは客観的な視点からアドバイスできるのですが、自分の家族のこととなると理屈が役に立ちません。
頭では理解しても、気持ちがいうことをきかず、どうしても心配してしまいます。
逆に言えば、私自身が子どもを見つめる不安や葛藤をとおして、クライエントご家族のお気持ちに共感しているのだと思います。

ふだん家を離れて生活している上の二人も年末年始には帰省し、久しぶりに子どもたち3人が揃いました。
しかし、それも束の間、長男は昨日旅立ってゆきました。
再び3人が揃うのは早くても一年後でしょう。

〜〜〜

進学や就職、学校への適応、友人関係、、、。
青年期は誰でも試行錯誤の繰り返しです。
成功して、自分の思い通りの道、そして家族の期待に叶う道を進む経験をしたり、
失敗して、思い通りの道が閉ざされたり、まわりから否定的に評価され、ショックで自信を失ったり。
その度に、親は安心したり、心配したり。
親である私自身の気持ちも荒波の小舟のように大きく揺れます。

父親の私は、成長しつつある子どもたちに何ができるんだろう?
父親として子どもにどう関わり、どう育てようとしているんだろう?

改めて自問しても、はっきりと答えられません。
親は、子どものことを思えば思うほど、どうしてよいかわからなくなり、悩みます。

敢えて、考えてみました。私が父親として心がけていることは何だろうか?

〇親の期待は押し付けない。
よく「先生のお子さんもお医者さんの道を進むのですか?」と知人から尋ねられます。
3人とも医者や医療系とは全く別の道を進んでします。
医者は社会的に認められ、収入も良く、とても良い職業とされています。
私の友人医師たちの多くも、子どもに同じ道を勧めます。
私としても、子どもたちが自分と同じ道を進んでくれたら、きっと嬉しいと思います。
しかし、私は敢えてそのことは触れないようにしてきました。
子どもたちには、幸せになってほしいと強く期待しています。
しかし、子どもたちがどの道を選択するかは、本人に決めさせたいと思います。

その根底には、私と私の父親との関係があります。
私の父親も、そのように私に接していたと思います。
子どもの将来を期待してくれましたが、具体的な道は示しませんでした。
中学・高校生の頃、私は将来どうするか、悩みながらどうにか自分自身で答えを出そうとしていたと思います。
自分で決めたい。親にはさしずされたくない。
自分の意思決定に自信はありませんでしたが、親に決めてもらいたくない。
今から考えれば矛盾していますが、そんな風に思っていました。

〇放置してはいけない。
親の期待を押し付けない
ということは、
親が子どもに期待しない
ということではありません。

君の自由にしなさい。なんでも好きなことをやれば良い。

という言い方は、良さそうにも思えますが、そうではありません。
目を離してしまったら、それは「放置」になります。
子どもが自分の力で試行錯誤する様子を、しっかり見守りたいと思います。

私は大学時代にアメリカン・フットボールをやっていました。
アメフトはルールがわかりにくいとよく言われますが、ひとつのプレーが短く、頻繁に作戦タイムがあります。
通常は、選手たちが円陣を組み、次のプレイを決めますが、サイドラインにいるコーチから伝令を飛ばすことも可能です。
プレーコールの度に、頻繁にコーチから指示が来ると、選手たちは自分の意思でプレイできず、やる気を失います。
かといって、コーチが知らん顔をして自分たちのゲームを見てくれていないと、選手たちは不安になります。
自分で進む力があるときは、自分の力を試したい。
しかし、どうしようもなく行き詰ったらコーチの力を借りたい。
アメフトの選手として、そんな気持ちでした。

〇承認を与える。
第一・第二志望に失敗して、第三志望に合格したり。
成績がAやCではなくBであったり。
100%の成功ではなく成功と失敗が半分ずつといった状況に若者たちはよく遭遇します。
例えば「7割の達成」を成功とみなすべきか、失敗とみなすべきか、当事者である若者はよくわかりません。
そのような時は、敢えて「7割でも、成功だよ!」と親から最大の承認を与えます。
そのようにして新たな体験に「成功」というラベルを付与することができます。
成功体験によって自信を獲得して、次も挑戦できるという希望とやる気につながります。

〇安全基地を提供する。
アメフトの試合では、敵に攻め込まれ、打つ手がなくなることが時々あります。
何をやってもうまく行かず、頭の中が真っ白になります。
軽いパニック状態です。
そのような時は、タイムアウトをとり、いったん休憩して水分を補給します。
そして、コーチからの指示を得ます。
進む方向を見失ったときは、コーチからの一言が頼りです。何でもよいから、とりあえず進むべき指針を求めます。

子どもたちが強気でがんばっている時、私はそのやり方に疑問を持っても、敢えて口を挟まず見守ります。人生経験の豊富な親から見れば、もっと効率良いやり方があるだろうと口を出したくなるのですが、敢えて黙っています。
しかし、失敗が重なり、やる気を失った時は、「今まで頑張って来たから、少し休みなさい」とアドバイスします。
ここで休んでしまうと、二度と復帰できなくなるのではと、子どもは心配します。その時は、「そんなことはない、休憩して力を蓄えたら、また頑張れるよ」と安心を与えます。

私は、このようにして、子どもたちに接したいと思っています。
しかし、それと同時に、綺麗ごとを書いているようで、どうもしっくりきません。
理屈では上記のとおりなのですが、実際にはそううまくはいきません。
子どもたちに言わせれば、多分、「パパは子どもに任せるとか言って、ほったらかしでしょ!」と言われそうな気がします。(現に、娘からよく言われています:笑)

親は子どもにどう関わるのか。

親が子どもに何をできるのか。

考えれば、考えるほど親のあり方は難しいものだと、改めて実感します。

2016年12月27日火曜日

家族関係の大掃除

毎日生活していると、使用済みの物も、ゴミも、ホコリも、だんだんと溜まっていきます。
小まめに片づけ、掃除していればよいのですが、余裕がないと、ついほったらかしにして、溜まったものが積み重なっていきます。
すると整理がますます面倒になり、放置します。
家が、どう手を付けてよいかわからないモノで占拠され、生活スペースが少しずつ狭くなり、不便な生活を強いられます。
気がつかないうちに、生活がうまく機能しなくなります。
そういう時は、意を決して家の大掃除をしなければなりません。

心の中も同様です。
ふだん生活していると、どう処理していいかわからない気持ちが溜まってきます。
棚上げして放置していると、だんだんと心のスペースが狭くなり、心がうまく機能しなくなります。

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花子さん(仮名)の息子は、ひきこもっています。
母親から、いろいろ働きかけても、一向に動き出そうとしません。

花子さんは、父親からも声をかけてもらいたいと密かに思っているのですが、夫の一郎さんは子どものことに関心がないようです。
息子のことについて、夫婦でひざを交えて相談したいと思うし、そうしなければならないとアタマではわかるのですが、花子さんはどうしても一郎さんと向き合い、深い気持ちで話し合うことが出来ません。

夫婦の間には、長い間放置されたホコリがこびりついており、それを掃除できませんでした。
しかし、カウンセリングによって、家族関係の大掃除をして、息子がひきこもりから回復しました。

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初回のカウンセリングには、母親の花子さんが、おひとりでいらっしゃいました。
はじめは息子くんの相談だったのですが、だんだんと夫婦関係のお話に発展していきました。

実は、一郎さんは10年ほど前に会社の女性と浮気をしました。
お金をつぎ込み、家計も破たんし、離婚調停まで行きましたが、結局は離婚しませんでした。
やがて、一郎さんは浮気に終止符を打ち、妻の花子さんの元に戻ってきました。

今は、落ち着きを取り戻し、ごく普通の家族生活です。
しかし、あれ以来、花子さんは一郎さんの不倫を誰にも語ったことがありません。
夫婦でも、その話題は避けてきました。
花子さんは、未だに一郎さんに対する心のわだかまりを抱えています。それはどうしようもなく、あえてそのことに触れなくても日常は平穏に過ぎます。
この10年間、花子さんのわだかまりの気持ちは棚上げして触れないようにしてきました。

息子のひきこもりが始まり、両親が協力して息子のことを相談するべきということは、頭ではよくわかっています。しかし、花子さんは気持ち的に、どうしても一郎さんと向き合い、素直な気持ちになりません。今回、花子さんが相談にやってきたことは一郎さんには話しておらず、今後、一郎さんに来てもらうことは仕事が忙しいので無理とのことです。

男の子が自立を達成するとき、父親の役割はとても大切です。
私は、次回、父親にもカウンセリングに来てもらおうかと、内心考えていたのですが、花子さんのお話を聞いて、どうもそれはとても無理そうだと考えました。
父親の協力はあえて求めず、母親と本人のカウンセリングを進めていくしかないと考えました。

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ところが驚いたことに、2回目のカウンセリングに、ご両親が揃ってやってきました。
あれっ、花子さんは一郎さんと一緒には来たくないのではと内心思ったのですが、どうしたことでしょう?

花子さんは、1回目のカウンセリングの後、初めて息子のことを一郎さんに相談することができました。一郎さんも、息子のことはどうにかしないとと思っていました。土曜日の午後に仕事の都合をつけ、夫婦揃ってカウンセリングにやってきました。

花子さんのお話を伺った私は、一郎さんは浮気をしたくらいだから、家庭を顧みない男性なのかなと想像していたのですが、実際にお話ししてみるとそんなことはありません。家族思いで、昼間も息子のひきこもりのことを考え、仕事が手につかないんだと語りました。

それを聞いた花子さんはびっくりしました。
夫は、仕事ばかりで、家族のことなんかちっとも頭にないと思っていたのに、全くそうではなかったのです。花子さんは一郎さんをカウンセリングに連れてきて良かったと思いました。

〜〜〜

3回目のカウンセリングでは、それまで拒否していた息子さん本人も一緒に、両親と3人がやってきました。2回目のカウンセリングの後、一郎さんが初めて息子に話しかけたのです。今までは差し障りのない話だけで、「今後、どうするんだ?」というような深刻な話は一切避けてきました。しかし、今回、妻とともにカウンセリングにやってきたことで、一郎さんも思い切って息子に話しかけてみようと決心しました。

息子からどんな反応があるだろうか、黙ってしまい、また引っ込んでしまうのではと心配していたのですが、父親の質問に案外素直に答えてくれました。そして、カウンセリングに行くことも同意してくれました。

息子くんは、カウンセリングの場で、想像以上に自分の胸の内を語ります。
中学までは成績も上位だったが、進学した進学高は頭の良い人ばかりで、自分はついていけない、自分の居場所がないと思い込むようになったこと。
高校は退学して、自分で高認(高校認定試験)を受けて、将来は大学に行きたい。
ということを、初めて親に語りました。
両親は、今まで全くわからなかった息子の気持ちがわかり、想像以上にしっかり自分の将来を考えているので、安心しました。

〜〜〜

4回目の面談では、息子くんが学校に行き始めたことが報告されました。
その前の週まで、本人は今の高校をやめて高認試験をとるつもりだったのに、父親と話し、カウンセリングに来てから、気持ちが180度、変わったようです。

〜〜〜〜〜〜

以上のように、息子くんは、あっという間にひきこもりから回復しました。
そのきっかけとなったのは、
・初めて、「これからどうするのか?」という微妙な話題を、父親と落ち着いて話し合えたこと。
・初めて、本人がカウンセリングに来れたこと。
などが挙げられます。

しかし、そのきっかけを作ったのは、母親である花子さんの心の大掃除でした。
花子さんは、今まで、夫の浮気の辛さを誰にも語ることができず、心の中で棚上げしていました。
カウンセリングの場で、その気持ちを、初めて第三者に語ることができました。
胸につかえていた気持ちが軽くなり、初めて夫婦で心の底から向き合うことができました。
しかし、10年前の不倫と離婚騒動について、夫婦で話し合ったわけではありません。そのことはカウンセラーに語っただけです。
しかし、そのことが家族関係の風通しを良くして、両親が今までできなかったことをできるようになりました。
それまでは怖くて切り出せなかった話題、つまり息子の将来という話題を、家族の間で避けずに話し合えました。
その結果、息子のひきこもり問題が一気に解決したのです。

2016年12月21日水曜日

心の玉手箱を開けよう!

人は、誰でも心の中に玉手箱を持っています。
ギリシャ神話風に言えば「パンドラの箱」です。
そこにはたくさんの気持ちが詰まっています。
しかし、それは開けてはいけません。
なぜなら、人間世界のさまざまな「災い」が詰まっているからです。

悲しみ・恨み・病気・死・盗み・裏切り・不安・争い・後悔 ・・・・

不用意に開けると、これらが勝手に飛び出してきて、収拾がつかなくなります。
とても平穏に生活できません。

箱は無理に開けなくて良いのだと思います。
人のプライバシーは尊重されます。
人に見せられる良い面は見せて、見せたくない面は隠します。
自分自身に対しても同様です。
自分で認めたくないイヤな部分、辛い・汚い部分は、自分自身の意識からも隠します。
それで良いじゃないですか。玉手箱は棺桶まで持って行くことだってできるかもしれません。

しかし、それは真に人間らしい生き方ではないと思います。
人に対して、そして何よりも自分自身に対して正直でいたい。
誰しもそう思うでしょう。

別に、そんなきれいごとでなくても良いのです。
イヤだけど心の玉手箱を開けなくてはならないときのことを考えてみましょう。

不安や恐怖、悲しみなどの辛い出来事は、感じるのを避けたいので、玉手箱の中に放り込んでしまっておきます。
量が少なければ何とかなるのですが、ごみがたくさんたまってくると、玉手箱からあふれてきます。
すると、大きな箱に取り替えます。
心のスペースを占領してしまいます。
玉手箱は基本的に、心として使えないので、それが大きくなってしまうと、心をうまく使えなくなります。とりわけ、感情が使えません。

理性は構いません。理屈で進める仕事や家事などは大丈夫です。
しかし、感性が機能不全に陥ります。
たとえば、喜びの感情を使えなくなり、喜びや楽しみを感じられなくなります。
自分の気持ちをはっきり相手に伝えられなくなります。
無理に伝えようとすると、イライラや怒りとなって伝わってしまいます。
相手の気持ちを受け取れず、怒りや無視の防衛線を張り巡らせます。
その結果、家族関係がうまく切り盛りできなくなります。

家族は気持ちの繋がりで成り立っています。
夫婦でも、親子でも、言うべきことは自信をもって相手にはっきり伝えます。
相手の気持ちが自分にとって不快であっても、そのために巻き起こる心配や恐怖に持ちこたえ、受け取ります。
そして、協力して、家族の困難を乗り越えます。

家族が平穏無事の時は、無理して玉手箱の中を覗く必要はありません。
しかし、家族が協力して乗り越えるべき課題が出てきたら、あえて、危険を冒しても、パンパンになった玉手箱を大掃除しなくてはなりません。

どのようにして玉手箱を開けることが出来るのでしょうか。
それは、自分自身との闘いです。

自分の心の片隅を照らしてみましょう。
今まで見たくない、考えたくないイヤな出来事や体験はありますか?
基本的に見たくないのですから、探そうとしてもなかなか出てきません。
でも、実は心の奥底に隠れていたりします。

それを見出したら、表現してみましょう。
自分でそれを認めます。
ひとりで日記に書いてみても良いでしょう。
「日記さん」という相手と対話します。

もっと効果が高いのは、その気持ちを一緒に受け止めてくれる人を見つけ出し、一緒に開けてみます。
辛い気持ちを丁寧に取り上げ、確認して、認め印を与えましょう。
そうすれば、その気持ちは整理されたことになります。

パンドラの箱から、さまざまな「災い」が飛び出した後、一番最後に箱の底から出てくるのは「希望」です。
人は、誰でも心の一番奥底に、希望と自信を持っています。
しかし、その上にたくさんのゴミがたまると、希望と自信を見失います。
その結果、失望と自信喪失しか得ることが出来ません。

希望を回復すれば、
何気ない毎日の生活を「楽しい」と感じるようになります。
大切な人に、大切なメッセージを自信をもって伝えることが出来ます。
人から与えられた傷を、自分の力で回復させることができます。

多くの方々が、パンパンに詰まった玉手箱を、私のクリニックに持参されます。
当人たちは、そのことに気づいていませんが、私から見ればよくわかります。
そして、丁寧に、そっと優しく箱のふたを開けて、少しずつ整理していきます。
すると、辛さから解放され、心の健康を取り戻されていきます。

どうぞ、みなさんも勇気を出して、心の玉手箱を開けてみましょう!

2016年12月14日水曜日

支援者性と当事者性は循環している

人は強さと弱さの両面を持ち合わせている。
その両方を否認せず、自分自身で受け止めることが、人間としての真の強さである。

人は誰でも支援者性と当事者性の両者を持っている。
そして、その両者は循環している。

その両者が自分自身の中で統合された時に、ありのままの人として、自信を獲得できる。


1) 支援者から入ってくる場合

なぜ、精神医学、心理学、看護学、福祉学などを専攻しようと思ったのですが?

よく大学生にこのような質問を投げかけると、次のような答えが返ってくる。

  • 人の心理に興味を持ったから。人間に興味を持ったから。
  • 悩んでいる人を助けたいと思ったから。

その思いは純粋で良いのだが、その陰には自分自身の悩みや家族の問題を理解したい、どうしたら解決できるのかを知りたいという動機が隠されている。私自身もそうだった。

良き支援者であるためには、当事者であってはいけないのか?
そんなことはない。人は誰でも当事者・支援者の両面を併せ持つ。

支援者性は自身の強さを基軸としている。
自分のパワーを他者に分け与える。その分だけのパワーを自分は持っているという前提である。

当事者性は、自身の弱さを基軸としている。
自分のパワー不足を他者から補ってもらう。
そのためには、弱さ(問題)を抱えているということを認めないとならない。
しかし弱さを開示するのはとても危険な行為である。

支援者は、自分の当事者性を完全に解決する必要はない。
人は、誰しも弱みや悩みを持っているわけで、そのこと自体が問題ではない。
問題なのは、そこから目を逸らすことである。
自身の弱みにちゃんと向き合い、そのことを客観視、客体化できていることが重要である。
弱みを否認し、鎧で隠したり、acting outして隠そうとせず、抱いている否定的感情をコントロールできていることが大切だ。

誰しも、当事者席に座るのは辛いので、避けようとする。

私の所には、よく親が子どもの問題を解決したいと相談にやってくる。
診察を受けるのは、子どもで、親ではない。
子どものお腹が痛いから、、、親はあくまで付き添いであり、子どもを支援する親の立場をとる。
ところが、家族療法となると、親も当事者となる。

家族療法の考え方をよく説明する。
親が問題だと言っているわけではない。
家族の問題点(マイナス)を取り除くのではなく、
家族の力(プラス)を引き出して問題を解決するのが家族療法です。
しかし、いずれにせよ親も当事者席に座らなければならない。
患者さんになったら、服を脱いで、診察を受ける。付き添い者は服を脱がない。
普段は服や鎧で隠し、外からは見えないようにしている自分の内面を見せないといけない。
自分がまな板(診察台)の鯉になる。
誰しも、診察台には上りたくない。服を脱いで自分の姿を晒すことは、とても勇気のいることだ。自分の恥ずかしい面、人には見せたくない、弱い面を見せなければらない。
それを避けようとするのは当然である。

人に関わる支援職に就こうとしなければ、鎧を一生まといつづけ、弱みを隠していても、十分に短い人生は全うできる。

しかし、支援者として他者の痛みに共感するためには、鎧を脱いで、自分自身の弱み(当事者性)から目を逸らさず、向き合わねばならない。
自分の弱みを認めることができたら、クライエントの弱みをそのまま認めることができる。
支援者としてとても重要な要素である、「深い共感性」を達成できる。

2) 当事者から入ってくる場合

うつ病体験や、子どものひきこもり体験など、自分自身が以前に当事者であった体験をもとに、同じことで悩む人を支援したいという人がいる。
いのちの電話などの市民支援団体に参加したり、インターネットを用いて支援を呼びかけたりする。

これは両刃の剣である。
自身の当事者性にしっかり向き合い、自分の弱さを隠さず認めることが出来ていれば、
同じ悩みを持つ人に対して、高い共感性をもとに支援することができる。
また、抱えている問題がある程度めどがつき、落ち着いていなければならない。

それが不十分で中途半端だと、支援者として機能するのは難しい。

なぜなら、支援者自身の当事者性を、無意識のうちにクライエントに投影してしまうからだ。
また、未解決の当事者性の部分にクライエントが近づくと、支援者自身が辛くなり、拒否反応を示したり、客観的に考えられなくなる。
たとえば、「父親」、「いじめ」といったテーマである。
その部分に近づくと、クライエントの気持ちに寄り添うことが困難になるばかりでなく、支援者自身の未解決の葛藤をクライエントに無意識のうちに投影してしまい、クライエントを傷つけてしまう。

自分自身の当事者性を解決するという目的で、支援者になってはいけない。

相手に上手に向き合うためには、まず自分自身に上手に向き合うことから始める。

田村毅研究室では、個人スーパーヴィジョンや、「グループ・スーパーヴィジョンの夏合宿」などで、安全に支援者自身の自己に向き合う場を提供しています。

説明会参加者からのご感想

2016年12月10日(土)に田村研究室の説明会を行い、

  • 相談・診療の具体的な手順
  • 家族療法の説明
  • ひきこもりの理解
  • 相談に通い、問題が回復した実際の事例

などをご説明いたしました。

参加者からの感想をご紹介します。

  • 参加者A) 何か月も過ぎてしまったケースでは、回復がどんどん難しくなっていくのでは、という不安が大きいです。若い十代の、一番勉強も社会性も身に付く期間が失われてしまっていることが心配です。今後、どのようにして社会参加していけばよいのか想像が出来ません

⇒将来の見通しが立たず、どうなるか想像できない。。。ということほど不安なことはありません。
親が子どもに向けるまなざしから、不安や心配の色が払しょくされる日はありません。
 どの親も、不安感を抱きます。しかし、その不安・心配の気持ちが家族の中で停滞すると、家族間でマイナスのキャッチボールが自然に起きてしまい、子どもも不安に駆られます。
 親が、どう親としての不安を払拭できるのか。そのことが子どもの元気復活にとってとても重要な課題です。

  • 参加者B) 具体的な診療方法や解決策についてよく理解できました。うちとそっくりと思うシーンもあり、少し不安が解消されました。このように直接お話を伺えるチャンスは重要と感じました。いろいろなキーワードがあり、大変ありがたいお話しでした。

⇒不安の気持ちを心の中に閉ざしていると、解消することはありません。
不安を言葉に表し、表出することが、その解消につながります。
状況は同じでも、それに対する不安感が軽減されると、新たな解決策が見えてきます。

  • 参加者C) 第一期から第四期までの「ひきこもり回復のプロセス」が理解できました。息子は長いあいだ自閉期(第2期)と試行期(第3期)を繰り返しているのだと認識できました。今後は背中を押すタイミング、チャンスを逃さないように、プラスのキャッチボールを続けていきたいと思います。

⇒いったんひきこもると、ずっとひきこもっているという風に誤解される方がいますが、「ひきこもり回復のプロセス」を理解してください。そうすれば、今、自分の家族の状況はどの位置にいるのか、基準を定めることが出来ます。そうすれば、この先の未来像をイメージすることも可能になります。

  • 参加者D) 親はどうしても自分自身の尺度で考えてしまうところがあると気づきました。今まで私は、「壁に穴が開く」なんてありえないと、そのことを考えないように避けてきました。しかし、先生が「家の壁に穴が開いて、、、」と具体例を話されたので、今まで自分で考えないようにしてきたんだということに気づきました。自分ひとりで考えてはいけないのだ、自分の方が変わらないといけないと思わされました。

⇒とても大切なことに気づかれたと思います。
説明会に参加されただけで、ここまで気づかれたということは、素晴らしいと思います。
このように、書いて説明してしまえば、当たり前のことかもしれませんが、ご自身にとっては、目から鱗、とても大きな気持ちの変化だったでしょう。良かったです。